不時着天女(仮)

ミコト楚良

シーン1  不時着

 


      そのとき、はるか上空に銀の翼の飛行艇、あり。

        その翼が風になぶる音、はげしく――。

 


「こんなっ、赤子のやるような失態っ」


 ミルフィオリは舌打ちする余裕すらなかった。

 操縦する機体が失速しはじめた。

 燃料計の針がゼロを示し、警告灯が点滅している。

 

(基地を飛び立つときに燃料は満タンだったはず。なのに)


 こうなれば、不時着しかない。

 と、自分が決める前に、すでに機体は地上の引力に引きずられていた。


 こんなときに。

 こんなときに言うんだな。



           「神サマ、たすけて」



 天女(仮)が言っても、さまにならない。





     同じころ、天空の欄干らんかんにたたずむ美女、あり。

        その赤いくちびるの口角が自然にあがる。

       誰にも気取られぬように天を仰ぐふりをする。



        ( 銀のつばさ駆る、うつくしき妹よ。

       唐突に訪れた、あなたとの別れに、わたくしは涙する。

   花の中の花。うたの中のうた。よろこびの中のよろこび。


        ミルフィオリ。千の花。安らかに眠りたまえ。


      おまえへのとむらいの言葉は、わたくしが捧げる。


       首席天女の座も、あなたの許婚いいなずけも、        

         すべて、わたくしがいただくのだから )






 派手な水音をたてて、ミルフィオリの乗った銀の機体は、ほぼ一直線に水面に叩きつけられた。

 自動操縦もきかなかった。 

 無事だったのは、羽衣=エアバックのおかげしかない。


 ミルフィオリは、ぼんやりと水面に仰向けのまま、たゆたった。

 空が青かった。

 (死んだのか。天女は死ぬとどこへ行くのか。聞いておけばよかった)


 その静寂は、すぐに終わった。


「とらまーえた」

 小舟が近づいて来て、のびてきたかいに1回、沈められたのだ。 

「ぐぁふっ」

 ミルフィオリは思い切り、水を飲んだ。

「あ」

 ぐいと、みぞおちにかいを差し込まれ、腕をつかまれ引き上げられた。


 そこは小舟の上だった。


「なんてぇ、ふしぎな色の髪なんだ?」

 仰向けになったミルフィオリをのぞきこんでいるのは、黒目黒髪の〈土地人トチビト〉の女子だった。

 ミルフィオリの白金しろがねの髪を、まぶしそうに目を細めて見ていた。


「魚、じゃねえな?」

 女子はミルフィオリよりは体格が幼い。年下にはちがいない。〈空人ソラビト〉は長命なのだ。

「もしかすっと、言い伝えの天女さま?」


「う~」

 ミルフィオリは水が鼻から入ってしまって、つーんとした。

 しばし、呼吸をととのえる。それから、「そうです。わたくしが天女さまです」と、言ってみた。

 威厳を損なわぬように両手も広げた。

(まだ、天女(仮)の身分だが、形から入ってもよかろう?)


 女子の笑顔がはじけた。

「天女さまに会うのは、はじめてだら。オリは咩豆売ひづめ。オリの家に来てくんしょ。甘い白酒しろざけをさしあげましょう」


 ミルフィオリは冷静に状況確認に努める。


 ここはどこだろう。

 飛行艇の航跡を考えて、多島からなる国。

 〈土地人トチビト〉が黒目黒髪だとすると。 

(学習したかいがないくらい、言語がなまっている。かなーり辺鄙へんぴな場所に墜落したのか)


「よきにはからえ」

 ミルフィオリには、それしか言えない。

 こういう非常事態など、下界に不時着など、想定していなかった。


(成績オールAの学費免除生が、まさかのっ、失態っ)


 ひゅうっと、湖面をつめたい風が吹いた。

さむ……」

 ぶるっと、ミルフィオリはふるえた。

 今、気づいた。

 すっぽんぽんだった。

 どうやら、天上のころもは下界で四散した。


身体からだが四散しなかっただけ、ましか)


「これ、はおってくだせ」

 〈土地人トチビト〉の女子は、ガサガサ音のする荒い目のこも(むしろ)を差し出してきた。

 それから、岸へと小舟をこぎ出した。



「オリのうちは、そこだ」

 女子は木立の向こうを指さした。

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