第3話 クラウディアの要求

 「綺麗な中庭ですね」


 確かに中庭の噴水なんかは建設当時のものをそのまま残してあるし、綺麗と言われれば綺麗なのかもしれない。


 「それはそうとこれをロイトリンゲン辺境伯に」


 そう言ってクラウディアはペンダントを首元から外した。


 「本当は洗ってから返すべきなのでしょうが、今を逃すと返せなくなってしまいそうで」

 「それほどまでにお二人は密接な関係だったのですね?」

 

 エレオノーラに託された通りに、アルノルトに返すのは惜しかった。

 

 「それは、辺境伯も同じでしょう?」


 アルノルトのそれは言うなれば身分違いの恋、本人が表立っては口にしないことをクラウディアは平然と口にした。


 「そうだったかもしれません……いえ、そうでした」

 「ならこれは受け取って頂けますね?」

 「謹んでお受け取りいたします」


 アルノルトはエレオノーラを失ったときの痛みを思い出し、しばし口を噤んだ。


 「そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」


 沈黙がクラウディアによって破られるとアルノルトは居住まいを正した。


 「クラウディア殿下のお時間の問題もありましょうから、お願いします」

 「では、単刀直入にお話いたします」

 

 それまでの貼り付けたような笑みを取り去って、クラウディアはアルノルトを見つめた。


 「ロイトリンゲン辺境伯は独立を目論んでいるのでしょう?」 

 「はて、根も葉もないそんな話を殿下は何処で聞いたのでしょうか?」


 内心慌てながらも、そんな様子はおくびにも出さずにアルノルトは瞬時に問い返した。


 「既に国内の貴族はいずれかの派閥に属しており、未だに何処にも属してないのは王都防衛の大役を担う最上級家門シュタンデスヘルのアーデンベルク公くらいなものでしょう。彼は王都の防衛をするというその役職の都合上、どの派閥にも属することはできません。それに比べてロイトリンゲン辺境伯は、どうでしょうか?」


 僅かな表情の動きさえも逃さないとばかりにクラウディアは目を細めた。


 「表明していないだけで、もしかしたら何処かの派閥に属しているかもしれませんよ?」

 「それはありません。既にゲハイメ機関により調べはついています。貴方はどの派閥にもついていないと」

 

 ゲハイメ機関とは、王族の要請にのみ従って動く諜報機関のことでありその情報は極めて正確だった。


 「ですが独立など根も葉もない噂、もしくは根拠に乏しい殿下の想像にすぎません。ロイトリンゲン辺境伯の忠義は常に王国に捧げています」


 アルノルトの言葉を聞いてクラウディアは僅かに口角を吊り上げた。


 「根拠に乏しいなら、根拠を作ってしまえばいい。ゲハイメ機関、そして王族の言葉は絶対なのですから。何が言いたいか分かりますか?」


 アルノルトの傍に控えていたレーナは殺気立ち、腰元の剣に手を掛けた。

 だがアルノルトがそれを手で制するとレーナは静かに柄から手を離した。


 「何を求めるのですか?」


 クラウディアの言わんとしていることは、多派閥に囲まれたロイトリンゲン辺境伯が独立を画策しているという虚偽の噂を流すことで、いつでもロイトリンゲン辺境伯領地を攻めることが可能だということだった。

 

 「そうですね。貴方には私の復讐に付き合って欲しいのです」


 諦めたアルノルトを見つめて、クラウディアは静かに告げた。


 「私はこの国を、貴族共を滅ぼしたい」


 静かな、それでいて強い意志を滲ませたその言葉に、アルノルトはしばし言葉を飲み込まざるを得なかった―――――。

 

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