38 王子と執事

♢♦♢


 ラグナの襲撃から一夜明け、街の慌ただしさも一段落させたエレン達は、古代都市イェルメスに向かう為にグラニス街を発った。


 王国一のローゼン総帥という存在もあり、グラニス街の人々からはとても感謝され、宿に止めてくれたジョセフとも別れを告げた。


 ファストホースは快調に樹海の中を進んで行く。


 本来であればもう少し余裕のある道中となる筈だったが、昨夜の襲撃がそれを一変させたのは言うまでもない。


 エレン達はこれ以上関係のない人々を巻き込みたくなかったのだ。


**


(どうしてラグナは僕を攫いに来たんだろう……? 僕に何の用があるんだ。アイツは僕が女だと断定した言い方だったし、去り際に言った“混血の女神”ってどういう意味なんだ……)


 走る納屋の中、ソファに腰掛けたエレンは顔を曇らせていた。


 リビングとなるこの部屋には全員集っており、ローゼン総帥が核心を突く話を切り出した。


「各々話したい事や疑問に思っている事があると思うけど、先ずは妾から話しをするわ」


 前置きをし、ローゼン総帥は話を続ける。


「まず、ラグナというあの魔導師がエレンを狙った理由。それは妾もイェルメスに行って確かめるまで確証はなかったけれど、恐らくエレンが“エルフ族と同じ魔法”を使っているからだと思うわ」

「僕が魔法を?」


 ローゼン総帥の発言に、1番疑問を抱いたのは他ならないエレンだ。 


「そうよ。貴方が投擲を使う時、体から魔力が溢れているわ」

「え!? で、でも、僕は魔法とか以前にマナも使えないですけど……」

「無意識に使っているのよ。だから貴方は投擲の後に必ず疲労感を覚える。自分でしっかりと力のコントロールが出来ていないせいでね。

それに、魔法を使う時に瞳が光るのもエルフ族の特徴だって事が分かったわ」


 突然の事にエレンは驚くが、ローゼン総帥の言葉は自然と腑に落ちていた。


 エレンもこれまで確証はなかった。だが何となく不思議な力が自分には備わっていると感じていた。


 流石にエルフ族の魔法とまで言われてもピンとはこないが。


「でもこれはまだ妾の憶測。仮に貴方がエルフ族の魔力を宿していたとして、ラグナが何故貴方を狙うのか理由が分からないわ。

今回貴方を同行させたのも妾の直感。何も起こらなければいいと思っていた矢先に、ラグナが現れたの」


 ゆっくりと語り、ローゼン総帥はエレンを見つめた。


「貴方、他に自分の事について何か知らない?」


 聞かれたエレンはグッと拳を握った。


 何でもいい。

 何か1つでもと思ったエレンであったが、エレンは逆に尋ねたいぐらい自分の事を知らない。


「……ごめんなさい。何も分からないんです。両親は僕が小さい時に死んでしまい、それからずっと祖父と2人で暮らしていました。その祖父もあまり両親の事は話してくれなかったので……」

「ご両親の事は全く記憶にないのかしら? 貴方と似ているとか、同じような力を持っていたとか」

「どうですかね……。父も母も顔はうっすらと覚えています。昔の写真も残っていたので。でもこの力の事は一切聞いた事がありません。ただ、まだ小さい僕がしていた投擲を、いつも両親は褒めてくれていました」


 エレンの話を聞いたローゼン総帥は「そう」と小さく呟くと、何かを考えるように睫毛を伏せた。


「まぁ分からないのなら仕方ないわ。今はとりあえずエレンが狙われているって事が分かっただけで良しと考えるべきね」


 エレンが恐る恐る口を開く。


「あの、ひょっとしてグラニス街が被害に遭ってしまったのは僕のせいなんじゃ……」


 自分で口にしておいて、エレンは体の震えがとまらない。

 街が甚大な被害に遭い、犠牲となった人がいるのは自分のせいだろうか。


 自分がいなければ街は無事だった。

 人が魔物に殺されてしまう事もなかった。


 それに東部の街やブルーランド家。アッシュの家族が殺されてしまったのも全部自分のせいなのでは――。


 「東部の街が襲われたのも、アッシュの家族を殺してしまったのも全部……ッ」

「馬鹿かお前。それは違うに決まってるだろ」


 言い放ったのはアッシュ。

 険しい表情を浮かべた彼は話を続ける。


「あの日、ラグナは俺の家族を殺してすぐに屋敷から立ち去った。お前の名前や存在も出なかったし、誰かを探していた様子もなかった。だからお前とは関係ない」

「ゔゔッ……!」


 堪えていた涙が一気に溢れ出した。

 涙と嗚咽が収まらない。


(本当に……君はこんな状況でも僕を守ってくれようとするんだね……)


 泣くエレンを他所に、ローゼン総帥が場の空気を仕切り直す。


「さてと。じゃあ次は貴方のお話をしようかしら? ねぇ、ブルーランド家の王子様――」


 アッシュが明らかに嫌そうな顔をする。


「では……それについては私が」


 そしてこのタイミングで、アッシュの代わりと言わんばかりにエドが口を開いた。話の内容は勿論アッシュ達の事である。


「今更になって隠すつもりはなかったなどとエレン君には言えませんが、昨夜話にも出た通り、アッシュはブルーランド家の王子です。同時に、エレン君も暮らしていた東部区の当主でもありました」


 エドが話し始めてすぐ、エレンにはある疑問が浮かんだ。


「あれ? でもブルーランド家の王子ってアッシュっていう名前だったかな? 違ったような……」

「はい。当時の王子はアッシュの実の兄であるアーサー様が王子として公の場に出向いていました。ブルーランド家のご子息は3人兄弟であり、アッシュは末っ子。

基本的に当主の家は第一子、長兄が継ぐ者と決まっておりますので、次男のアルド様や三男のアッシュは滅多に公に出る事はありません。なので東部の人達も詳しくは知らないのですよ」


 明かされた事実に、エレンは何と返していいか分からない。

 ただ住む世界が違うんだなという事だけは理解出来た様子だ。 


「って事は、もしかしてエドさんは……」

「はい。私は代々ブルーランド家にお仕えする執事であり、アッシュの世話係をしていました」


 エレンはやっと2人の不思議な関係性に合点がいった。


「ラグナがブルーランド家を襲った時、アッシュと私は辛うじて通路の隠し部屋で身を隠す事が出来ました。

ブルーランド家の家族構成が正式に公表されていなかった事と、公に姿を見せなかった事が功を奏し、アッシュは名家の家柄でありながら今日までその素性を隠して生きてこられたのです。

エレン君のように同じ東部の人間でさえ正体がバレる事なく」


 思い返しながら話すエドとアッシュの表情は、どこか懐かしさを感じている様子であった。


「その後はエレン君も知っている通り、ガーデン地区の傭兵任務で貴方と出会い、こうして騎士団となって一緒に任務を受けています。

エレン君……改めてお礼を言わせて下さい。アッシュと私は貴方と出会えた事を本当に感謝しています。ありがとう」


 エドの優しい言葉を受けたエレンはまた泣きそうな顔をしている。

 彼女なりに必死に涙をこらえているようだ。


 アッシュは特にそんな素振りも見せずに黙って外の景色を眺めていたが、その横顔はどことなく優しい顔つきをしている。


 と、エレンは感じたのだった――。

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