28 戦争の前兆

♢♦♢


~王都・城~


 ――いい? 何度も言うけど絶対に生きて帰ってきて! 死んではダメよエレン!



 エレンが最後にマリア王女にそう言われたのはもう5日前の事。


 あれから無事にマリア王女を西の都、ツリーベル街に移送したエレン達騎士団一行。


 護衛任務を終えた一行は再び王都へと帰るべく帰路に着き、幸いな事に帰り道はマウントゴブリンやアックスゴブリンの悲劇には見舞われず無事に王都へと帰る事が出来たのだった。


 そしてダッジ団長や他の団長が今回の護衛任務の報告をするべく城へ赴き、たった今レイモンド国王へと伝えている最中である。


「……報告は以上となります」

「ご苦労であったなダッジ団長。予期せぬ魔物との遭遇の中、被害を最小限に留め、娘のマリア王女を無事に送り届けてくれた事を誠に感謝する。ありがとう」

「いえ。勿体ないお言葉です。私1人ではなく、全員が己に出来る事を最後までやり抜いてくれたからこその結果です」


 本来であれば、この手の任務報告はダッジ団長のような任務や隊の責任者がレイモンド国王へ報告する決まりとなっている。


 と、その筈なのだが、何故かこの報告の場にエレンとアッシュの姿もあったのだった。


「今回護衛任務に出た団員達には十分な休息を取らせてくれ。後日全員に何か労いの物を用意しよう」

「ありがとうございます」

「それで? 色々と大変な報告があった中でも……エレン。そしてアッシュ。君達はマリア王女を守り抜いてくれた上に、あのアックスゴブリンと遭遇したそうだな」

「はい」


 エレンとアッシュがダッジ団長に呼ばれたのはこの件が理由。

 あの時最後までマリア王女と行動を共にしていたのが2人であり、アックスゴブリンと対峙した唯一の団員だ。


 そして。


 エレンはそこで謎の人影を目撃している。


 最初は報告するか迷ったエレンであったが、気が付くと全てを正直にダッジ団長に報告していたのだった。


「エレン。其方はアックスゴブリン討伐後、山岳地帯で妙な人影を見たとの報告をしたようであるが、其奴は何者だ?」

「はい。その人影は深緑色のローブのようなもので全身を覆っていました。なので私も顔や性別がはっきりとは分かりません。あの時は兎に角マリア王女を守るので必死でしたので……」


 エレンが謎の人影を見たのは一瞬。

 それ以上報告出来る事はなかった。


「その人影なら私も見た覚えがあります――」


 突如そう口にしたのはアッシュだ。


「其方も見たのかね? アッシュよ」

「はい。私が見た者と同一人物かは定かではありませんが、今のエレンが報告した特徴とよく似た“男”を私も山岳地帯で見ています」

(え、アッシュも見てたの……?)


 一言もそんな事を聞いていなかったエレンは目を見開いて驚いている。


「男? 顔を見たのかい?」

「いえ。ローブを深く被っていたのでしっかりとは見ていません。ですが、僅かに見えた口元や背丈、それと私の直感で男ではないかと判断しました」

「成程。それなりの根拠がある訳か。其方が見たのはエレンとは違うタイミングという事かな?」

「はい。私がそいつを見たのはアックスゴブリンが現れる数秒前です。そのローブの男の気配を感じ取り、視界の端に奴を捉えた直後、アックスゴブリンが現れました」


 自分の知る限りを報告したアッシュ。

 彼はそこまで言い終えた後、一呼吸の間を開けて話を続けた。


「レイモンド国王。これはあくまで憶測ですが、私は今回のマウントゴブリンとアックスゴブリンの一件はそのローブの男が関係しているのではないかと思います――」

「「!?」」


 アッシュの想定外の発言に、この場にいた者達が皆驚く。更に驚く皆を他所にアッシュは更に加えてこう言った。


「そして、そいつは敵国……ユナダス王国の者ではないかと」


 たった一言で場が殺伐とした空気に変わった。

 レイモンド国王も僅かに顔を顰める。


「面白そうな話をしているわね――」

「ローゼン総帥……!」


 皆の前に突如姿を現したローゼン総帥。

 エレンとアッシュは不意に実力テストの時の事を思い出す。


 ローゼン総帥は驚く皆を他所に、当たり前のように話を続けた。


「あの山岳地帯は普段人など通らない所よ。そこでの人の目撃とゴブリン達の出現が重なったのは偶然かしら? 随分匂うわね」


 意味ありげにそう言ったローゼン総帥。

 彼女の発言にアッシュが続いた。


「以前私が仕えていたブリンガー伯爵の任務で、当時雇った傭兵達から今回と似た報告を受けた事がありました。

その報告では、平原地帯にいるはずのない魔物が突如出現したと。それも同時に複数体です」

「確かに似ているな。近頃魔物の動きが可笑しいという報告は私も受けていた。それと他生息地での出現も何か関係が……」


 不穏な気配がしてきた報告に、レイモンド国王もどんどんと表情が険しくなっていく。


「個人的にはあると思います。傭兵達の報告の中には今回と同じ、不審な人物の目撃情報がありました。当時は気にも留めませんでしたが、今それが繋がった気がします」

「成程……。そうなると其方の憶測も信憑性が出てくる。しかし、だからと言ってその謎の人物がどうしてユナダス王国の者だと其方は思ったのかね?」


 レイモンド国王は1つずつ丁寧に聞いていく。


「はい。これも確信がない為私の憶測となりますが、最近の魔物の活発化に加え、ローブの男が目撃されたこの2つの件には明らかに敵側からの殺意を感じます。


もし魔物がただ気分で人間を襲ってきたのならば、どちらも近くにいたローブの男も襲われる可能性が十分あったと思います。

単なる偶然と言われればそれまでですが、自分のすぐ近くで魔物と戦っているのをあんな場所で傍観する者がいるでしょうか。


もし、万が一ローブの男が故意にやったとなれば、相手の動機は少なからず我々騎士団やリューティス王国などを狙ったものと考えても不自然ではないかと。


それにユナダス王国は少し前から攻撃的な要求や態度を見せ始めたと噂を聞いております。しかもそれは魔物の異常が報告され始めた時期とも重なりますし、更にこのタイミングで我々を狙う怪しい人物が現れたとなれば──」


 皆まで言い掛け、アッシュの口が止まる。

 

 その先は最早言わなくても全員が察していたからだ。


 場はいつの間にか静寂を迎え、暫しの間の後にローゼン総帥が静寂を破った。


「今の話は十分に可能性が考えられるわね。それにもし貴方の言う通りなら、起きている事は私の知る中で“最悪”なパターンだわ」

「……! ローゼン総帥、それは一体どういう……」

「恐らく、そのローブの男は魔物を操る──“錬成術”を扱えるのではないでしょうか」


 そう言い放ったのはアッシュ。


 何も言わないローゼン総帥も同じ意見のようだ。


 魔物を操る錬成術──。


 一同はその聞き慣れない言葉に固唾を飲んだ。そして、その聞き慣れない言葉の不穏さだけは全員が感じ取っていた。


 スウッ。


「ローゼン総帥?」


 場が何とも言えない空気に包まれた中、ローゼン総帥はその険しい表情を変える事なく静かに動き出した。


「妾はここで失礼するわ、レイモンド。どうやら妾達はかなり出遅れているよう。もう起こるわよ、“戦争”が──」


 最後にそう言い残したローゼン総帥は淡い光と共に姿を消し、エレンは無言でアッシュと視線を合わせていたのだった──。

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