19 王女護衛任務

「じゃあお前がそっちな。俺とエドはこっちを使う」


 ぶっきらぼうに言ったアッシュはそのまま部屋に入ろうとした。


「いやッ、ちょっと待った!」


 部屋に入ろうとするアッシュを間一髪の所で食い止めるエレン。

 女のエレンにとっては死活問題。


「なんだよ」


 気怠そうに振り返ったアッシュの顔は嫌悪感で満ち溢れている。

 だがエレンには引けない理由がある。


「勝手に決めるなって! 僕だってエドさんと一緒にそっちの部屋がいいよ! (究極の選択だけど、見ず知らずの男の人と一緒になるのは絶対に嫌だ。エドさんが1番いい)」

「勝手な事言ってるのはテメェだろ。こっちの部屋は俺が使うって言ってんだよ」

「それが勝手なんだよ! 僕にだって選ぶ権利があるだろ!」

「マジで鬱陶しい奴だな。大体な、湖ん時も道中の便所もいちいち1人に拘り過ぎなんだよ! 本当に女みてぇな野郎でイラつくぜ!」

「いちいち1人になるのも見た目も関係ないだろ! そんなの人それぞれ! 僕が女みたいな男なら、君はデリカシーがなさ過ぎて人の事を考えれないガサツ男じゃないか!」

「なんだとコラッ!」


 どんどんとヒートアップするエレンとアッシュ。

 口論の理由はどうでもいい事なのだが、もうどちらも引くに引けない様子である。


「たかが部屋で喧嘩するなよ……子供かお前ら」


 隣で見ていたダッジ団長も呆れ顔で呟く。

 そして、見兼ねたエドが2人の口論に終止符を打った。


「もう落ち着きなさい2人共。アッシュもエレン君もそんなにこっちに部屋を使いたいなら2人で使えばいい。私はそっちの空いている部屋に行きますから」

「ええッ!?」「はッ!?」


 まさかのエドの発言にエレンとアッシュが驚きの声を上げた。


「そりゃそうだ。お前達が2人共そっちがいいならそれでこの話は終わりだろ。なぁエドさん」

「左様。ダッジ団長の言う通りですよ。2人共知らない他人と相部屋になるのが気まずいのでしょう。だったら私がそっちの部屋に行けばいいだけです。そもそも私はどちらでも構いませんからね」


 エレンとアッシュにはない落ち着いた大人の余裕。

 というより、エレンとアッシュがこれしきの事でムキになり過ぎているのだ。


「アッシュと2人……!? で、出来れば僕はエドさんと一緒がいいんですけど……」

「こんな老人へのご指名は有り難いですが、我が儘を言い過ぎるにも限度がありますよエレン君」

「うッ、そ……それは確かにそうですけど……」

「アッシュもです。団体行動をしている以上は相手への配慮も大事です。これから護衛隊として動くならば尚更ですよ」


 エドの言葉にぐうの音も出ないエレンとアッシュ。

 もうこの場の空気を制圧したエドに2人は意見出来なかった。


「それじゃあ決まりって事でいいな?」

「「……」」


 勿論納得はしていない。

 だが2人は諦めたように首を縦に振るのだった。


**


~宿舎・エレンとアッシュの部屋~


「部屋も決まった事だし、早速“本題”に入らせてもらうぜ。まさかこんな事で時間を割くとは思わなかった」

「反省してます……」


 一先ず部屋の割り振りも決まり、ダッジ団長を含めた4人は部屋の中。想定外の口論に戸惑ったダッジ団長であったが、今度は少し真面目な表情に変わって話をし始めた。


「実はな、まだ配属されたお前達には些か申し訳ないが、俺達王女護衛隊は4日後に重要な任務がある。その任務の内容がマリア王女の護衛と移送だ」

「護衛と移送……ですか?」

「ああ」


 そう言ったダッジ団長は一呼吸の間を置き、再びゆっくりと口を開いた。


「お前達がどこまで認知しているかは分からないが、リューティス王国とユナダス王国の“戦争”は再び始まるとされている――」


 戦争という言葉に無意識に全身が反応するエレン。


「勿論断言出来る事ではないが、極めてその確率が高いのは確かとなっていてな。王国が騎士団の増員や強化を行っているのも、今回のマリア王女の移送も全てそれが理由だ。


最近になってどうもユナダス王国の動きが激しくなってきているらしく、レイモンド国王も再三警告を出しているんだが全く応じる姿勢がないとの事だ。

そしてこれ以上は危険だと判断し、レイモンド国王も国を守る為に動き出す準備をしているってのが大体の現状となる。


最早戦争が再び起こるのは時間の問題でな。だからこそ今の内にマリア王女の安全を守らなきゃいけない。それが4日後の重要任務だ」


 ダッジ団長の一連の説明で場がピリつく。

 アッシュの瞳には憎悪が現れ、エレンの瞳には恐怖と絶望が現れた。


 今にも逃げ出したい。


 でも何処へ?


 そんな答えの出ない事をエレンは頭の中で自問自答していた。


「移送する場所は?」

「西部の水の都、ツリーベル街だ」


 リューティス王国の戦争相手であるユナダス王国は東に位置する為、最も反対となるツリーベル街へ移送するとの事だ。そこならば戦争が始まっても比較的安全な場所らしい。


「今護衛隊の他の連中が下見やら準備で出払っているから、また揃い次第お前達の紹介やら任務の詳細やらを諸々話したいと思っている。

だからそれまでは一先ず休んでいてくれ。配属されていきなり大変な任務となるかもしれないが、お前達の実力には期待している。体調だけは万全に頼むぜ」


 ダッジ団長は最後に陽気な感じでそう言うと、手をヒラヒラさせて部屋から出て行った。


「戦争が……また……」


 心の声が零れるエレン。


 同時にあの日の出来事がまたもフラッシュバックする。


 どうしようもない虚無感に襲われたエレンは何も考えられず、そのまま倒れ込むようにベッドに寝転ぶのだった。


「ビビッてんじゃねぇ。遅かれ早かれ分かり切っていた事だろうが」


 吐き捨てるように言ったアッシュに最早言い返す気も起きないエレン。


(やっぱりもう逃げるしかないのかな……。その方が安全だよね)


 目を閉じたエレンは自分にと問いかける。


 安全な場所――それは一体どこだろう。


 本当に小さな村や国ならまだしも、大陸でも大国とされるリューティス王国とユナダス王国の戦争に巻き込まれない安全な場所など存在するのだろうか。


(ダメだ。逃げる場所すらない……。しかも流れとはいえ、僕は騎士団に入ってしまった。無許可で脱走なんてしたらそれこそ罪人として追われる人生になってしまう……)


 希望の見えない未来に、不安だけがつきまとう。


 エレンはこの無慈悲な世界に嫌気が差してしまった――。

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