07 短剣が飛ばされた先に


 スパァン。


『ヴガァッ!?』

「ちっ。思った以上に硬ぇな」


 強烈な白銀の一閃が巨体を捉え、ビッグオークのボスは斬られた箇所から血を流し、歪めた表情で大きな呻き声を上げた。


「凄い……。やっぱりあれはお爺ちゃんと一緒のマナだ」


 素人目に見ても分かるアッシュの強さ。

 彼の強さを改めて目の当たりにしたエレンは、生前同じマナと呼ばれるものを使っていた祖父の事を思い出していた。


「もっとマナを練らないと倒せねぇか」


 アッシュは一握りの者だけが扱えるというマナを更に練り上げいく。

 このマナの効果は人間の“身体能力強化”。人間が凶悪な魔物と渡り合える唯一の手段でもある。


「すげぇ。これがアッシュ隊長の実力か」

「マナ使いって本当に強いんだな……」

「アッシュがいればあのボスの心配はねぇ! 俺達はこっちの雑魚を片付けるぞ!」

「「おおぉぉぉ!」」


 アッシュの存在によって再び傭兵達に活気が戻った。

 士気が上がった傭兵達はビッグオークを1体、また1体と確実に討伐していく。


「凄いよ君……。あっちはもう心配なさそうだ。頑張れー、アッシュ!」


 7番隊を見たエレンは不安が一気に吹き飛んだ。彼女は再び後方に振り返るや否や無意識にアッシュの名を叫んで声援を送る。


「何が頑張れだあのひ弱野郎。テメェも戦えっつうの」

「いけぇぇ! 君が倒せば皆無事に帰れるぞ!」


 エレンの偽りない本音が一帯に響いたが、幸いな事にそれは他の傭兵隊も皆同じ気持ちであった。


『ブガァァッ!』


 激しい怒りを全面に出してアッシュに襲い掛かるボス。

 マナを高めたアッシュは先程よりも更に洗練された動きで脚、胴、腕、首……と、目にも留まらぬ速さで何十回もボスの巨体を切り刻んだ。


 そして。


 7番隊がビッグオーク4体全てを討伐し終えた頃、ボスに着実にダメージを重ねていたアッシュが止めの一撃を振り下ろした。


 ――シュバァァン。

『ヴゴァァァッ……!?』


 力無い呻き声を発したボスの巨体はズドンと鈍い音を響かせながら地に倒れた。もう辺りに他のビッグオークや魔物気配はない。


「よっしゃああ!」

「流石マナ使いだぜ!」


 アッシュが無事にボスを討伐した事により、場にいた傭兵達は歓喜の雄叫びを上げた。エレンもここぞとばかりに歓喜している。討伐しても浮かれる事ないアッシュは冷静に次の指示を出し、動ける傭兵達にルイーズ含めた怪我人の処置と他の隊への報告指示を仰ぐ。


 エレンも怪我人の対応に動いていた。


(それにしても大きいなぁ。よくあんなの1人で倒せたよね)


 エレンは怪我人の介抱をしながら、地面に倒れたままのボスの巨体を横目に見ていた。すると次の瞬間、何気なく見たボスの巨体が一瞬ピクリと動いたように感じたエレン。


「え……?」


 静かに呟くエレン。背中に嫌な汗が伝ったが、倒れたボスはやはり動く気配がなかった。どうやらエレンの取り越し苦労ようだ。恐怖のせいで錯覚してしまったのだろう。


「良かった。動く訳ないよね。気のせいッ――!?」


 嫌な予感は当たるものが人生なのか。


 エレンの取り越し苦労を一蹴するかの如く、倒れていた筈のビッグオークのボスが突如起き上がって攻撃態勢に入った。


「アッシュ!」

「ッ!?」


 叫ぶエレンの視線の先。

 そこには屈強な腕を振り上げて既に攻撃態勢に入っているボスの姿と、完全に背後から意表を突かれたアッシュの姿があった。


 しかも実力者のアッシュでさえも反応したのがやっと。

 この場にいた全員が気付いて視線を動かした頃には、ボスの強烈な一撃がアッシュの脳天を捉えた――。






 ……と、この場にいた誰もが思った刹那。


 ――ザシュ。

 強烈な一撃がアッシュを直撃する寸前、何処からともなく飛んできた1本の“短剣”がビッグオークのボスの眉間に深く突き刺さった。


『グガ……ッ!』


 短剣を突き刺されたボスは次こそ息絶え、その巨体を再び地面に沈ませたのだった。


「大丈夫ですか!?」

「隊長、怪我は!?」

「……俺は大丈夫だ。(この短剣、一体どこから……)」


 ボスの眉間に刺さった短剣を見た後、アッシュはその短剣が飛んできたであろう方向を徐に見た。


 すると。


「ハァ……ハァ……良かった……間に合った」

「――!? アイツは……」


 “まさか”と思ったアッシュは目を見開かせていた。


 そう。

 彼の視線に映っていたのは他でもない、呼吸を荒くしながらアッシュの方向を真っ直ぐ見ていたエレン・エルフェイムの姿。


 彼女は“何か”を投げ終わったような体勢を取っており、腰に提げていた2本の短剣の内の1本が“空”になっている。周囲の傭兵達は慌ただしい動きを見せる中、アッシュだけは時間が止まったかのようにエレンを見つめていた。


 そしてしかと状況を理解したアッシュ。


(まさかあんなひ弱野郎に助けられるとはな。雑魚なりに生き抜いてきただけはあるってか――)


 エレンを見たまま小さく鼻で笑ったアッシュは、固まっているエレンの元へとゆっくり近づいた。


「おい」

「え、あ……アッシュ! 大丈夫だった!? 命中して良かった~」


 アッシュの無事を確認したエレンは緊張の糸が切れたのか、項垂れるように地面にへたり込んだ。


(やっぱりさっきのはコイツがやったのか。この距離から的確に眉間にぶち込みやがった。しかも“この感じ”は――)


 アッシュは何やらエレンに対して違和感を抱いた様子であったが、彼はそれ以上口に出さなかった。


「お前に礼を言うのは癪に障るが、助かったのは事実だ。感謝してる」


 アッシュからお礼を言われたエレン。

 だが、印象の悪かったアッシュの意外なお礼の言葉に加え、改めて面と向かってアッシュの整った顔を見たエレンは何とも言えない感情になり、そのままアッシュに八つ当たりするのだった。


「べ、別にお礼なんていらないよ! っていうかさ、情けないんじゃない……? 偉そうなマナ使いのくせに」

「はあ? 感謝してるって言ってんのに何だよその態度は」

「お、お、お前の方が悪いだろ! それが人に感謝している態度か!」

「なんだとコラ。次はテメェを討伐してやろうか! くそ女が!」

「だから僕は男だッ! いい加減にしろ!」


 殺伐としているこの場に対し、余りに幼稚なエレンとアッシュの言い争い。2人がそんな口論をしていると、他の隊を呼びに行っていた7番隊の傭兵がオックス隊長達を連れて来た。


 予想外のビッグオーク討伐となったが、無事に合流した一行はフォレスト森林を後にし、皆で街に戻るのであった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る