05 アッシュの正論

**

~フォレスト森林~


「はあッ!」

「1体そっちにいったぞ!」


 ズシャ。ズバンッ。


 広場を出発し、魔物討伐に向かったブリンガー伯爵率いる討伐部隊。フォレスト森林に着いた一行が目標であるビッグオークを求めて隊を進ませていると、隊の先頭集団がゴブリンの群れと遭遇した。


「隊長! 全て撃退しました! 今のが最後です」

「よし。総員進むぞ! またどこから魔物達が襲って来るか分からない! 常に周囲を警戒して冷静に対処するんだ!」

「「おおー!」」

「ビッグオークの目撃情報はこの先の川下付近。現状何体のビッグオークがいるかは不明だが、奴らと対峙するまでなるべく体力は温存しておけ! “マナ使い”はマナの消費も最小限に!」


 オックス隊長のが全隊に指示を出し、ここに来て更に皆の士気を高める。


(マナか……。そう言えばお爺ちゃんも使えたみたいだけど、傭兵になる人は皆使えるのかな?)


 マナ――それは人間の体内に流れている微量の魔力の素である。

 人間には当たり前のように血や細胞、マナが体内に存在しているが、このマナを意図的にコントロールが出来る一部の人間は“マナ使い”と呼ばれ、このマナの力を引き出す事によって人間は“身体強化”という魔物に対抗する力を得る事が出来る。


 だが、このマナのコントロールは誰にもでも出来る訳ではなく、それなりの鍛錬を積んだ者や才能のある一握りの者しか会得する事が出来ないものである。


 エレンの祖父は生前このマナ使いと呼ばれる人物であったそうだが、傭兵や戦いに詳しくないエレンはどれ程の数の人間がマナを使えるのかいまいち理解出来ずにいた。


 しかし、彼女のそんな疑問はすぐに氷塊される。


「マナ使いか。やっぱ騎士団レベルともなると全員使えるもんなのか?」

「何言ってんだよ。マナの習得はそんなに簡単じゃねぇ。実力ある騎士団でもほんの一部って話だ。それこそオックス隊長みたいな騎士団の団長レベルでさえ、使える人が少ないらしい」

「へぇー。そうなのか。まぁ言われてみれば俺も長い事傭兵やっているが、マナ使いを見たのは数え切れる程だな」


 直ぐ側にいた傭兵の会話が聞こえたエレンも「そうなんだ」と小さく独り言を呟きながら納得していた。


 その後、一行は運良く魔物と遭遇する事なく森林を進んで行き、日が沈みかけてきた為一行は野営の支度を始め、一夜を明かすのだった。




 ……かに思われたが――。



「スカルウルフが出たぞ!」

「「――!?」」


 静寂に包まれていた真夜中、突如見張りをしていた傭兵が大声を轟かせる。見張りの彼の声によって多くの者達が一斉に武器を手にしてテントから飛び出た。


「スカルウルフはどこだ!?」

「そっちにいったぞ! 気を付けろ!」


 野営場には焚火の火が数か所設置されている。だが淡い月明かりの光しかない真夜中の森林はまさしく闇。焚火の火の僅か数メートル先は吸い込まれそうな程真っ暗で何も見えない。


 ――ガサガサガサ。

「今前方で音がしたぞ!」

「スカルウルフは何処だ!?」

「暗闇で全く見えない!」


 スカルウルフは全身が骨だけという不気味な魔物。全身が骨という以外、大きさや見た目は名前通り狼にような姿形をしている。昼間に遭遇したゴブリン同様、訓練された傭兵ならばそこまで苦戦する相手ではない。


 ただ今は状況が悪かった。


(やばいよ。スカルウルフだって……!? 一体どこにいるんだ)


 突然の緊急事態に飛び起きたエレンも既にテントの外で短剣を構えている。他の傭兵達もそれぞれ武器を構え、場は一瞬にして緊張感に包まれていた。


(怖すぎる。絶対にこっちに来ないで)


 エレンがそう強く願っていた次の瞬間。

 まるでスカルウルフが彼女の気持ちを読んでいたかの如く突如暗闇から勢いよくその姿を現し、不気味な骨の狼はその鋭い牙の生えた口を大きく開けてエレンに飛び掛かった。


『ガルルッ!』

「ッ……!?」


 ――ガキィン!

 硬い物と物の激しい衝突音が響き、バランスを崩したエレンはそのまま地面に手と膝を着いた。


「ハァ……ハァ……危なかった……!」


 衝突したのはスカルウルフの牙とエレンの短剣。間一髪、エレンは手にしていた短剣で上手く身を守っていた。


「スカルウルフが出たぞ! 逃がさないように囲め!」


 冷静な指示が飛び、傭兵達は連携を取って一気にスカルウルフを取り囲う。そして2人の傭兵が同時にスカルウルフに攻撃を繰り出し、斬られたスカルウルフは血飛沫と共に地面に倒れるのであった。


「おい、怪我は?」

「あ……い、いや、大丈夫……です」

「そうか。ならいい。って、お前広場で俺に突っかかってきた奴じゃねぇか」


 地面に座り込んでいたエレンにそう声を掛けたのは青髪の青年――アッシュであった。


 アッシュはエレンの手を引いて彼女を立たせる。一方のエレンは感謝の気持ちと同時、昼間と同様“舐められてはいけない精神のスイッチも入り、よく分からないテンションと表情でアッシュを睨んでいた。


「あ、ありがとう。(よりによってコイツかい)」

「礼を言ってるわりに表情が反抗的だな。もしかして昼間の事に根に持ってんのか?」

「え、いや別に……そういう訳じゃ……(まずい、嫌悪感が顔に出てたかな)」


 エレンは深い深呼吸で心を落ち着かせる。


「お前傭兵初めてだろ」

「え!?」


 唐突なアッシュの発言に、エレンは自分でも思った以上に声が出てしまった。


「やっぱりな。たかがスカルウルフ相手にビビった上に動きも素人臭ぇ。貧弱な女子供が来る場所じゃねぇぞここは」


 図星を突かれたど正論。

 全てを丸裸にされたような感覚に至ったエレンは苛立ちでアッシュに食い掛かった。


「だ・か・らッ! 僕は女でもなければ子供でもない! ちゃんとした男だって何度も言ってるだろ!」

「何そんなにムキになってんだお前。まぁそんな事はこの際どうでもいい。お前の人生なんて知った事じゃねぇが、あんまり舐めてるとすぐ死ぬぜ。精々死なない程度の実力を身につけてから粋がるんだな、男お嬢ちゃん」

「なッ!?」


 アッシュは完全に見下しながらそう言い残し、エレンの前から去った。


(なにアイツ! 本当にムカつく!)


 また直ぐに言い返しそうになったエレンであったが、少なからずアッシュの言葉が刺さったエレンは悔しそうにただただグッと拳を握る事しか出来ないのであった――。

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