第15話 観察とときめきと確認

 デパートの広い催事場に入ると、繋いでいた二人の手は離れた。


――変なの。ホッとしてる


 所謂恋人繋ぎした手を解放してくれた時、ギーは笑いながら言った。


『はい。思う存分楽しもう。片手じゃ一つずつしか試食できないでしょ』


――手汗、かいてなかったかな


 そんなことを気にするなんて。自分で自分に驚きである。元彼とも手を繋いだことはあったが、そんな時に手汗の心配など、一度もしたことはなかった。歩きにくいとか角度がおかしくて手首が痛いとか、そんな風に感じたことは覚えている。


「千夜ちゃん、見て。早速貰ってきた」


 肩をつつかれてそちらを向くと、笑顔のギーが、小さなチョコレートの欠片が刺さったピックを差し出していた。至近距離に彼の身体があって驚いたが、会場は混雑しているので、後退することは出来なかった。


――銀くん、結構身体が大きいんだな


 店で過ごす時、二人はスツールの上に腰掛けることが多かった。それにこんなにも接近した状態でギーを見上げることはなかったので、千夜は改めて身長差を意識したのだった。毎日会っていたはずの彼が、知らない男性のように感じられた。


「苦味が効いてるね。俺、結構好きかも」


 薄く微笑むと、目尻が下がる。彼の虹彩は薄い茶色だった。


――ミルクチョコレートみたいな色してる


 口に含んだ一欠片は、既に溶けてなくなっていた。どんな味をしていたのか、千夜は覚えていない。

食べたチョコレートの味を忘れるなんて、そんなことは初めてのはずなのに。千夜はそんな事実に驚くことすら忘れていた。自由になる意識は、既にギーのことで容量がいっぱいだったのだ。


――鼻筋が通ってる。なんとなく、日本人離れした顔つきかも知れない。長く海外にいたってことは、もしかしたら外国の血も流れてるのかな


 十七歳と言っていたし、納得もできたが、もっと大人っぽくも見える。表情にも仕草にも、長く生きてきた大人のような余裕があるのだ。


――チョコレート愛にしか自信のない私とは、大違いだ


 そんな風に考えてしまうと、途端にギーが眩しく見える。


「混んできたね。もう少し奥の方まで進もう」


 再び手を握られた時、どうしてか顔を上げられなかった。混雑する人の中、誰かの足を踏んでしまわないようにしなきゃと言い訳するのは、心の中の自分に対してだ。千夜の視線は、足元ではなく、自分の手を引く筋張った手に注がれていた。


――大きな手。男の人の手だ。きっと銀くんは、器用なんだろうな。あんなに綺麗で繊細なチョコを、作り出せるんだから……いいな。もっと触ってみたい


 僅かに力を込めた指先に、握り返してくるギーの指を感じた。顔を上げてみたが、彼は前方を向いていたので、表情までは見えなかった。

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