10 放課後

「ごめん。図書室って言っちゃったから、万が一二人が図書室に来た時のために、そこに行かせて。図書室、殆ど人いないから、あんまり疲れないとは思う。たぶん」

「おっけー……マジ都会って人多いな……」

「ここ、言うほど都会じゃないけど?」

「だとしたら、おれは都会に行ってたら、即死してた気がする」


 図書室に着いた二人は、部屋の奥へ行くと、


「ごめんね。学校案内のつもりだったんだけど、逆効果だった」


 結華は小声で言いながら、躊躇いなく湊の両手を握る。


「いや……今まで住んでたとこがさ、殆ど人いなくて、清浄な空気に包まれてたから、油断した。……そのうちこの空気にも慣れれば、そんなに苦じゃなくなると思う……」


 そう言いながらも湊は、長く息を吐き、


「今、人目ないからさ、少しだけ抱きしめていい?」


 それに一瞬固まった結華だったが、


「よし、どんとこい」

「ありがと……」


 湊に抱きしめられ、


(これは人助けこれは人助け)


 結華は念じながら、湊の回復を待つ。

 数分して、


「……それなりに良くなった。ありがとな」


 まだ重たい空気を纏っている湊だったが、声は少し元気を取り戻しているようだった。


「ほんとに大丈夫? もう少ししていいよ?」

「いや、そろそろ時間だろ? 戻らないと」

「え、あっ、ホントだ」


 壁の時計を見れば、次の授業まであと五分。


「戻ろう戻ろう。あ、湊が先戻ってね。私はタイミング見計らって、ズラして戻るから」

「……なあ、そこまで気にすることなくね?」

「え?」

「ただ偶然一緒になって、一緒に教室に入っただけ。そう見えてもおかしかないだろ?」

「そうかな……」


 あの軍団はそう思ってくれるだろうか、と結華は悩む。


「大丈夫だって。それに、ただ横にいてくれるだけでも癒やされる。だから、そうしてくれると助かる」

(なるほど。そっちがメインか)

「それならそうしようか。あ、でもちょっと待って。二人にここ行くって言っちゃったから、なにか借りてく」


 結華は、ちょうど目の前にあった棚から一冊本を手に取り、


「行こっか」


 と湊へ声をかけた。


 ❦


 帰りのホームルームも終わり、結華が湊を見れば、やはりまだぐったりしていた。結華は湊へラインを送り、それに気づいた湊が、文面を読んで少し驚いた顔をした。そして返信された内容は、『それ、大丈夫なのか?』というもの。大丈夫だからと送り、道の途中で倒れられたら困るとも送り、湊は結華をちらりと見て、ため息を吐くと、了解のスタンプを返してきた。

 帰る人が下の階──下駄箱へと向かう中、結華は屋上を目指していた。正確には、屋上に繋がるドアの前。

 ここの屋上は立ち入り禁止で、面白みもない場所なので、生徒が来ることはほぼ皆無。つまり──


「あ、来た来た」

「お前ってほんとさぁ……」


 結華が到着して数分。湊がやって来た。


「普通ここまでする?」

「病人状態の人をほっとけないでしょ」


 結華は湊の手を取ると、屋上のドアへ並ぶように座り、


「はい」

「っ?!」


 結華のほうから、湊を抱きしめた。


「おま、ほん……まあ……いいや……」


 湊はそう言うと、結華を抱きしめる。


「はー……魂もだけど……精神的にキツかった……」

「前の学校じゃどう過ごしてたの? 女子に囲まれてなかったの?」

「田舎だからさ、殆どが小中高と同じメンバーなワケよ。見慣れたメンバーなワケよ。だからさ、すごく気が楽だった」

「なるほど……あ」

「あ?」


 結華は湊から少し離れ、


「物理的距離が近いほうが良いんだよね?」

「え? うん……うん?!」


 カーディガンを脱ぎだした結華を見て、湊は驚き、次には慌てた。


「お、ちょ、」

「布一枚でも無くなれば、少しはマシになるんじゃない? ……湊?」


 カーディガンを脱ぎ終えた結華が湊を見れば、その湊は肩を落として俯き、顔に手を当てていた。


「驚かせんなよ……」

「なんの話? 湊もブレザー脱いで」

「……はいはい……」


 ゆるゆるとブレザーを脱ぎ終わった湊に、また結華のほうから抱きつく。


「おまえさ……マジほんと……なに……?」

「? 何か間違ったことした?」

「いや、すごくありがたいけど……」

「ならなに?」

「……なんでもない……」


 そして日が傾いていき、音楽が鳴り出す。


「あ、帰らなきゃ。……大丈夫になった?」

「なったけど……なに? この音楽」


 結華から離れ、ブレザーを着ながら、湊が聞いてくる。


「帰りの音楽。これが終わって十五分すると、門が閉まっちゃう」


 結華も、カーディガンを着ながら答える。


「じゃ、帰ろう」


 結華の差し出された手を見て、湊は一瞬躊躇い、


「……うん」


 その手に、自分のそれを重ねた。

 手を繋いだまま帰ると言う結華に、誰かに見られたらどうすんだと、湊が言う。


「別に? 食堂で一緒のとこ見られてるしね。友達と手を繋いでたってなんの不思議もないでしょ」

「……。結華が良いならいいけどさぁ……」


 不満、というより、困ったような顔と声になっている湊へ、


「嫌なら離すよ?」

「……そういう意味じゃねぇよ……」


 湊はそう言うが、手を離す素振りは見せないので、結華はそのままにした。

 そして電車に乗り、


「あ、スマホ見ていい?」

「どうぞ」


 その言葉に、結華は湊から手を離し、スマホを見て、


(……やっちまったぜ……)

「……あのさ、湊」

「なに」

「食堂で一緒になった、美紀って子と香菜って子がいたでしょ?」

「ああ、うん」

「その二人に、私達の仲が疑われています」

「へぁ? ……あー……」

「いやもっと驚いてよ」

「そう言われてもなぁ……」


 湊は両手でつり革を掴み、


「仲良し三人なんだろ? なのにあの時、食堂から出た時、結華はおれだけと行動した。それでおれは助かったけど、あの二人から見れば不可思議な行動だ。なにかあるんじゃないかと思っても不思議じゃない」

「……冷静に分析するなあ」


 結華は呆れたように言ったあと、


「なら、提案なんだけど。もし湊が良いって言ってくれるなら、湊がうちのアパートに住んでること言ってもいい?」

「? そうすっと、なにがどうなるんだ?」

「私は大家の娘として、住人に目を配らないといけない。そういう理由が作れる」

「それで納得してくれんの?」

「一応はしてくれると思う。湊がこの環境に慣れて、私とも普通の距離で接するようになれば、二人からの疑惑も晴れる」

「そ。なら、いいけど」

「じゃあそう説明するね」


 結華は言うと、スマホを操作し、言った通りの説明をしたようで、満足げな顔をして、スマホを仕舞う。


「……」


 湊は横目で、ずっとそれを見ていた。



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