美少女仮面も恋をするっ!

南野海

1

「ねえ、彼女。俺たちと遊ばない?」

 新宿駅の東口から一歩外に出たあたしたちに声をかけてきたのは、いかにも遊び人ふうの男だった。

 だぼだぼのズボンに、Tシャツ。髪は短いけど金に染めていた。そいつの横でにやにや笑ってる男も似たような感じ。たぶん年はあたしたちと同じくらい。せいぜい十五、六。はっきりいって頭悪そう。

 もっともそいつらは、あたしじゃなくて、となりにいる美里を見ている。

 斎藤美里。十四歳。私立白皇院学園中学二年生。あたしのクラスメイト。

 長身でスリムで、そのくせ胸だけでかいうらやましい体型で、おまけに美人。それも高貴そうなとか、光り輝くとか、透き通るように白いとか、そういう形容詞が似合いそうな感じの。おまけに、長い黒髪はさらっさらだ。

 そんな美里がブレザーの制服を着ていると、高校生にしか見えない。

 それにひきかえ、あたしの方は背は小さく、胸は発展途上だし、髪は短め。おまけに真ん丸眼鏡までかけている。

 おまけに男の子に声をかけられた時点で、おどおどあわわ状態。

 だから、この柄の悪そうな男たちの目が美里の方を向くのはとうぜんだった。

「けっこうよ。ナンパされに来たんじゃないの、あたしたち」

 美里はにっこり笑って拒絶した。

「そんなこというなよぉ」

 男が美里の腕をつかんだ。

 おどけた口調だが、目は笑ってない。

「走るよ、あかり」

 美里は男の腕を払うと、わきを駆け抜けた。遅れないようにあとを追う。

「逃がすなっ!」

 後ろから怒鳴り声が聞こえる。

 もう、なんなのよ、こいつら?

 いつから日本はこんなに治安が悪くなったわけ?

 あたしと美里は人ごみをかき分けつつ、当てもなく走る。

 たちの悪い男たちは、よっぽど美里に執着したのか、あきらめもせずに追ってくる。しつこすぎ。

 あたしたちは人の陰に隠れながら、なんとか近くの店に逃げ込んだ。カジュアルな若者向けの服がおいてあるところみたい。

「去りぎわに脚けっ飛ばしたのがそんなに頭にきたわけ?」

 美里がぼそっという。

 うわっ、やっぱりなんかしてたんだ。あんなたち悪そうなやつらに。

「もうこうなったら、あかり、あんたが全員やっつけちゃいなよ」

 べつに美里は冗談でいったわけじゃない。

 あたしはその気になったら、これでも強い。

 なにしろ、子供のころからお母さんに太極拳を仕込まれた。

 お母さんがなんでそんな技使えるのかはよく知らない。なぜか教えてくれない。秘密なのだ。

 学校じゃそんなこと誰にもいってないし、そんなそぶりも見せてないけど、幼なじみの美里だけは知っている。

「やだよ。相手、男の子だし」

 この男の子だし、っていうのは、男だから敵わないって意味じゃない。

 いっちゃなんだけど、なんのトレーニングもしてない素人なら男だってぜんぜん問題じゃない。だけど、苦手なんだよね、男の子。

 顔を見ただけで、真っ赤になってなにもいえなくなっちゃうの。これはなにも好きな人限定ってわけじゃない。

 なんとも思ってない人でも、あるいは大嫌いなやつでもいっしょ。

 なんなんだろうね、これ。

「第一、制服調べれば学校ばれるんだよ。怒らせて、あとで学校に乗りこんできたらどうすんの?」

「それもそうね。じゃあ、顔隠す?」

 美里が真顔でいう。

「顔だけかくしてたって、この制服で……」

「買えばいいじゃん。ここにいっぱいあるし」

 美里はなにげなくいった。うちの学校は私立だから金持ちの子が多いけど、美里はとくにそう。あたしは例外的に違う。貧乏ってわけでもないけどね。

 美里は適当に見繕って、かたっぱしから服を買った。

 追ってきた連中が着てたような、だぼだぼのシャツにジーンズ。

「ええっと、顔を隠すものは?」

 美里がきょろきょろあたりを見まわすと、なぜか壁にプロレスラーがかぶるような覆面が。

「ええっと、お兄さん、あれはなに?」

 美里が癒し系の顔した店員に聞く。

「あ、あれはジョークというか、パーティ用に」

「つまり売り物でしょ。じゃあ、あれも」

 美里はさっさと支払いを済ませると、あたしにそれをぜんぶ手渡した。

「さあ、着替える。お兄さん、試着室借りるね」

 美里はそういって、あたしを試着室の中に連れこんだ。

 ひょ、ひょっとしてあのマスクをかぶって、あの悪者どもと戦えっていうの?

 ば、馬鹿じゃないの、美里って。もう!

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