表舞台へ向かいましょう

 学園に入学するのは春の月。

 あと数日もすれば春の月に突入してしまう今日この頃。

 アルバの揺れる視界には見晴らしのいい街並みが映っており、しばらく引き籠っていた山の面影が何一つとしてなかった。

 学園があるのは、この国の中心部である王都。

 引き籠っていた山は公爵領でも王都でもなかったため、アルバはこうして現在進行形で憂鬱とした気持ちで馬車に揺られながら向かっていた。


「そういやさ、俺の入学手続き云々ってどうしたんだろうな?」


 哀愁漂う瞳を浮かべるアルバが、沈黙が続いていた馬車でそんなことを口にする。


「教皇様が整えてくれたみたいですよ」


 暇を持て余して「アルバにハンカチをプレゼントするんですっ!」と刺繍に勤しんでいたシェリアが答える。

 ちなみに、慣れていないのか……手に持っているハンカチはあまり原型を留めていなかった。よくもまぁ、縫う場所が歪になり始めたままでも針を通そうとするものである。


「アルバはどうやら聖騎士見習いの平民アルくんになるみたいです」

「なぁ、その肩書きに外堀りを感じられるんだけど、それって俺だけあんだーすたん?」

「教皇様曰く「てめぇ、シェリアと一緒にいるんなら肉壁になれゴラ、あァ?」だそうです」

「もう優しいお父さんのイメージ剥がれかかってません?」


 娘想いのいい父親であった。


「はぁ……それにしても、学園かぁ。俺のこと知ってるやつとか絶対にいるだろうなぁ」


 よくも悪くも、身に覚えのないことで有名なアルバ。

 死んだとなっている以上、何食わぬ顔で学園に現れれでもすれば騒ぎになるのは当たり前だろう。

 破滅フラグ云々よりも、まず先にそのことへの心配事がアルバのため息を産ませた。


「大丈夫ですよ、アルバ───いいえ、アル! 髪の色も変えているので、問題ありませんっ! あと、教皇様が「シェリアたんの大事な男のためだ……業腹、非常に業腹だが、騒ぎになればもみ消してやろう……ッ!」って仰ってましたので!」

「やだ、お義父様……素敵っ!」

「お義父様だなんて、えへへっ」


 現金なアルバは不意に胸打たれてしまった。

 流石は世界的な宗教のトップ。影響力と有無を言わせない権力が凄まじい。


「まぁ、そういうことなら少しは気が楽になったな」


 車窓から流れる景色に再び視線を戻す。


(なら、俺は攻略対象と関わらないようひっそりと学園生活を送ればいっか。詳しいストーリーなんて覚えてないが、関わらなきゃフラグなんて立つはずもなし。といっても、もう一人とは関わってしまったわけだけどさ)


 シェリアは仕方ない。すでに割り切っているし、美少女と一緒という恩恵を賜る方向でポジティブ思考だ。

 これから残りの攻略対象、及び主人公と関りさえしなければ問題ないはず。

 のんびりだらだら、無関心無干渉。アルバの生活方針が固く決まった。


「でも私、少し心配事があります」


 ボロボロになったハンカチを膝の上に置き、シェリアが神妙な顔で呟く。


「どうした?」

「アルが他の女の子に目移りしないかです」


 何を言ってるんだ? そう言いそうになったアルバ。

 こんな美少女が目の前にいて、他の女の子に目移りする? ハッ、馬鹿を言え。

 このゲームが世で話題となった理由として、魅力的なヒロイン達が挙げられる。

 その中の一人であるシェリアは、他の女の子と比べても群を抜いて綺麗で愛らしい。

 それなのに、他の女の子に目移りなんてするわけがないだろう。

 やれやれ、この子は自分の容姿を何一つとして分かっちゃいないようだ。


「まったく、お前ってやつは。少しは自分の容姿に自信を持てうっひょぉぉぉぉぉぉマジで!? 見ろよシェリア! あそこにいる女の子めちゃくちゃ可愛くな―――」

「…………」

「せんぱ、い……ちがっ、目はグーで……殴る、ものじゃ……な、ッ!」


 アルバは学んだ。

 他の女の子に目移りすると、もれなく眼球が潰されるようだ。


「はぁ……まったく、アルには困ったものです。これは私がしっかり目を光らせておかないと」

「うぶぶ……シェリアさん、光らせる前に見据える相手の目が開けられないっす」


 霞む視界と熱を帯び始めた瞼を受け、アルバはひっそりと涙を流す。

 すると、何故か唐突に膝の上へ何か柔らかい感触と温かい体温が伝わってきた。


「あ、あのー、シェリアさん?」

「ふんっ! アルは私だけ見ていればいいんですっ! あと、謝罪の代わりに頭を撫でるべきです!」


 いや、謝る理由がないんだが、と。抗議しようとしたアルバは咄嗟に口を噤む。

 自分が誰に目移りしようと関係ないはずだが、どうやら目の前の女の子はそれが許せないらしい。

 鈍感アルバくんはよく分からなかったものの、とりあえず瞳がこれ以上ダメージを受けないように大人しく膝に乗ったシェリアの頭を撫で始めた。


「そういえば、ティナとミカエラお姉様からお手紙が届いていたんでした」

「……なぁ、お手紙多くね?」


 ここ最近、お手紙ばかりなような気がする。

 そして、そのお手紙全てに振り回されている。

 もうアルバにとってお手紙は聞きたくないフレーズであった。


「確か、ティナが妹分の聖女で、ミカエラが姉貴分の聖女だったか?」

「はいっ、その通りです! 二人共仲がいいので、こうして定期的にお手紙が届くんです!」

「へぇ~」

「はい、アルバ宛てもありますよ」

「え、開けたくない読みたくない」


 直近で頂いた脅迫文が脳裏を過った。


「大丈夫ですよ、きっと一緒に学園に行ってくれるアルバを心配してのお手紙だと思います」

「そうか……?」


 ちなみに、ティナもミカエラも攻略対象ではない。作中の一部に名前が挙がる程度の描写しかなく、ストーリーにあまり関わりがなかった。

 それに、定期的にやり取りをしているというなら教皇みたいな不幸なお手紙ではないだろう。


(まぁ、大丈夫か。あんな人間イカレ野郎は娘溺愛の教皇ぐらいだろうし)


 アルバは胸の内に安心感を覚え、嬉しそうに手紙の封を開ける可愛らしいシェリアを温かい瞳で見守った。

 そして、自分も受け取った手紙の封を開け―――


『拝啓、アルバ様

 ~以下略~

 可愛い可愛い私の姉様(妹)に何かあったら

 ~以下略~

 ティナ(ミカエラ)より』


 ―――アルバはひっそりと涙を流した。

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