幕間の話

真なる姉登場

 あのダンジョン調査から数日経った。

 

 グリア領のダンジョンも沈静化し前と変わらずに魔工具も使えるようになり、少しずつだけれど冒険者が戻り始めたのを見て、俺たちは王都へ帰り日常へと戻った。

 

 俺は数々の報告書をファルシアと処理し続ける日々を送り、ミリシアはロディ達と共に様々な依頼を受け続けている。

 

 ただ1つ気になることがある。

 

 あの白い影との邂逅から何処か危機迫る様子で鍛錬を行っているらしい......ロディが俺へ相談しに来てくれて気づけたが、俺が会いに行っても『何でもない』と笑顔で言い切られるからどうにも踏み込めずにいた。

 

 ファルシアに相談しても有無を言わさない迫力の笑顔で......。

 

『これはミリシア......我々が自分で乗り越えねばならない問題です。他でもない貴方だけには頼ってはならないのです』

 

『貴方に『仲間』であると胸を張って言えるように......』

 

『だから......どうか、どうか私達を信じてはいただけませんか?』

 

 そんで頭を下げられたら何も言えないじゃないか。

 

 だから彼女達が何を言ってくれるまで俺は信じて待つしかない。

 

 愛想を尽かされた訳じゃないとは思いたい......こんな形での『ざまぁ』は嫌だな。

 

 もしかしたら『ざまぁ』されたらこんな気持ちになるのかな?。

 

 少しだけ......本当に少しだけ怖くなった。

 

『思考が霞む』

 

『アナタはざまぁされなければならない』

 

 あれ、どうして怖いんだろう?。

 

 『ざまぁ』されるならどんな形でも構わないじゃないか。

 

 それもミリシア達にされるなら、どんな形よりも綺麗なはずなんだから。

 

「あら? 何を考えているのかしら」

 

 鈴の音のような声が響く。

 

 決して声が大きいわけではないが、それでも彼女の声は全ての音を差し置いて俺の耳へ届く。

 

 『霞んだ思考が僅かに晴れた気がした』

 

「もう、私が話してるのに考え事なんて......何を考えてたの?」

 

 いっいや! なんでもないよ大丈夫だよ!。

 

 慌てて視線を上げると目の前には修道服を着た、柔らかな桃色の髪の女性が頬を膨らませて俺を覗き込んでいた。

 

 覇気の無いはずのタレ目から放たれる謎の威圧感に気圧されて仰け反ってしまう。

 

 修道服で隠されてはいるが細身ながらも抱擁力ある体が俺の目の前に......。

 

 あわわわ! 近い! 近いよアリア姉さん!。

 

「あらあら? 家族なんだからこのぐらい普通よ」

 

 そっそれより! 久しぶりに帰ってきたんだから、先に教会へ行かなくていいの?。

 

 目の前で桃......ピチの実のように膨れているのはこの世界でも王族並みに権力を持つ『聖女』である『アリア』だ。

 

 先日まで聖都『サンクチュリア』で聖都の教皇と共に神への祈祷を行なっていたにも関わらず、今こうして獅子宮殿内のアリアの部屋で団欒を囲んでいた。

 

 ロディの事を紹介したかったが、何故かみんなこういう時に限って影も形もない。

 

「......レオスはお姉ちゃんと一緒に居たくないの?」

 

 いっいや違くて! 俺を優先してくれるのは嬉しいけど教会の仕事も大事でしょ?。

 

「家族より大事な事ってあるの? 私はないと思うな」

 

 アリア姉さんが詰め寄ってくる。

 

 姉さんのこの目に弱いんだ、俺の内を透かすように見つめる宝石のような目に。

 

 『思考が晴れてゆく』

 

 感情の起伏で変化する瞳は見ていて楽しいけれど、それはそれとして怖い。

 

 姉さんのギフト『識者』の前では何も隠し事は出来ないのだから。

 

「ふふふ、紅茶が冷めちゃったわね」

 

 惚けている間に姉さんは俺から離れて新しい紅茶を淹れてくれた。

 

「どうしてあんな顔をしたのか話してくれる?」

 

 やっぱり隠し事は出来ないね......聞いてくれるかな?。


「えぇ! 私はアナタのお姉ちゃんだもの......どんな事でも聞いてあげるわ『貴方が考えた事ならね』」

 

 何処か含みを持たせた言葉に首を傾げるけれど、姉さんになら......俺の『運命』を識る姉さんになら全てを話せる。

 

 俺は自分の中のモヤモヤを整理しながら言葉を重ねる。

 

 グリア領での出来事。

 

 ミリシア達の変化。

 

 ......頼ってくれない事への不安を。

 

 それを聞いた姉さんは優しく微笑んで俺を抱きしめた。

 

 ......果実のようないい香りと柔らかな安心する感覚。

 

 いつもなら羞恥心が勝るけれど今は心が安らいだ。

 

「レオスは寂しかったんだね」

 

 寂しい......そうなのかな。

 

「えぇ、レオスの言う『ざまぁ』は何かは全部は分からないけど......その先はみんなとのお別れだから寂しいの」

 

 そう......かも、でも俺は『ざまぁ』されないと。

 

『思考が曇る』

 

 確かに寂しいのかもしれない......でも。

 

「レオス、私を見て......目を逸らさないで」

 

 姉さんの蒼い瞳が俺を射抜く。

 

 どうしてそんな悲しそうな顔をしてるんだろうか。

 

「今はみんなを......『仲間』を信じてあげて、貴方が集めた仲間はみんな良い人なんだから」

 

 うん......そうだね。ありがとう姉さん。

 

 姉さんの朗らかな柔らかい声に果実のような安心する香り......何故だろう、なんか安心したら少し眠くなってきたな。

 

「あらあら、眠くなってきたのね。いまはゆっくりお休みなさい」

 

 うん、ありがとう姉さん。

 

 そして俺の意識は暖かい闇へと沈んでいった。

 

「少し『呪い』が強くなってる......こんな事なら巡礼に行くんじゃなかった」

 

 遠くで聞こえる姉さんの声を子守唄にして。

 

 

 

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