【第4章開幕】召喚された元異世界転生魔王さま~400年も魔族の世界で鍛えに鍛えて魔王と呼ばれた青年は、喚び出された世界で無双する~

八月 猫

第 1 章:ロバリーハート国編

プロローグ

眩暈めまいを感じたのはほんの一瞬だった。


仕事終わりの帰りの夜道。

冷たい雨の降る中を傘をさして歩道橋を上がり切った瞬間。


目の前がチカッと光ったかと思うと同時に、膝の力が抜けて後方へとバランスを崩した。


ただ――それだけのこと。


持っていた傘が宙に舞う。


高速で流れていく視界に映るのは暗闇に包まれた世界と身体を打ち付ける雨。

リズミカルに背中を襲う衝撃の中、その身は重力にもてあそばれるように濡れた長い階段を滑落していく。


両の手に力を込めて段差を掴み懸命に抗おうとするも雨に濡れた段差はその手に掴まれることを拒み、わずかに指先に抵抗を感じた瞬間には弾む身体がその指を無慈悲にも引き離す。


本能がうるさいほどのアラートを鳴らす。

このままでは生命に重大な危険が及ぶと叫び続ける。


更に加速していく終わりへのカウントダウン。

心拍数が異常なほどに跳ね上がり、その鼓動を握りつぶさんばかりに心臓は強く締め付けられる。


やがて死への恐怖が思考を支配し――


――全てを放棄した。




それは、僅か数秒の出来事。


人生は簡単に終わりを迎える。


それは運命という一言で片づけるにはあまりにもチープだが、当人にとってはこれ以上なくシンプルだ。


力なく投げ出された四肢、声も出せず音も聞こえない。


わずかな視界と思考だけが残された中でぼんやりと考える。


肉体が無くなり魂だけになったらこんな感じなのだろうか。


感じるものは何も無い。痛みも。焦りも。


最期を迎える悲しみすらも。


命をつかみ取ろうと必死だった手足も、激しい振動を受け続けていた体も、まるでそこに無いかのようだ。


――まぶしいなぁ。


通り過ぎる車のヘッドライトを乱反射し、ステンドグラスの様に美しく輝く雨が、彼の視界に映る最期の景色だった。



やがて目に映る光は輝きを増し、その視界と、その思考の全てを眩いばかりの白で塗りつくした。



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