第36話 共闘

 昨日と同じ、開店前の町田109のエントランスには、都合のいいことに二人の人間しかいなかった。一人は相田花蓮。そしてもう一人が、ジミィだった。

 花蓮は派手な黄色のチェニックワンピースとレギンス姿で、足元は動きやすそうなローヒールの靴。


 ジミィは黒のスラックスとワイシャツで、伊達なのか黒いメガネをかけていた。会うたびに服装の印象が違う。

 僕達は誰からとなく視線を交じりあわせた。 


「よお」


 ジミィが手を上げる。ラフな仕草だった、


「どうも」

「……こんにちは、ですわ」


 僕と、都さんも挨拶をした。花蓮だけは、黙って半目で僕らに目礼した。

 僕はそこで、あたりを見回した。続けて、例の階段へと続く扉を開けたり、周囲を警戒していく。背中にジミィや花蓮の視線が突き刺さった。


「何をしているんだ?」


 ジミィがクールな声で訊ねてきた。


「内緒話があるんだよ」

「内緒話?」

「ああ……ジミィさんに、お願いが」


 振り返ってジミィの顔を確認すると、案の定疑い深い目を向けていた。ジミィは、このゲームに精通していて、頭も悪くない。当然ながら、このような持ちかけに対して警戒心しかないのだろう。


「聞いてくれ――僕は、このゲームの製作者へとたどり着いたんだ」


 そして、僕は話した。さきほど都さんに簡単に説明したことを、さらに詳しく丁寧に。

 このゲームのこと。姉のこと。永遠音のこと。雛乃のこと。悪魔のこと。天使のこと。

 全てを伝え終えて、僕はいった。


「この状況を打開するには、今日、このゲームをクリアする必要があるんだ――っ。

けれど、僕にはそれが出来ない。だから――」

「……俺に頼みたい、と?」


 ジミィの言葉に頷いた。すると、彼は頭を抱えだした。


「それはつまり……ゲームの勝ちを俺に譲るってことか?」

「そうだ」


 断言すると、ジミィはますます頭を抱えだした。その表情は必死に何かを考えているようだった。


「青鴉、お前の願いはいいのか……?」


 数秒の思案のあと、吐き出された言葉だった。僕を見下ろすその瞳には、どんな表情も見逃すまいと警戒心が見て取れた。そうだ。ここは、執念馬なのだ。彼に少しでも、自分を信じてもらうための。


「僕の願いは、姉さんが傷つかなかった世界を作ることだった」

「姉さん?」

「ああ。姉さんは、僕たちの憧れだった。何でもできたし、それでいて優しかった。でも、ある日、すごく傷つけられて帰ってきて……部屋からでなくなったんだ」


 ピクっとジミィの身体が震える。その瞳には驚きの光が宿っていた。


「僕はこのゲームで、そんな姉の幸せを願った。けれど――姉さんは自分の力で、一歩踏み出したんだ。だから、今となっては、僕の願いはもう良い。姉さんは傷ついたままだけど……それを、一緒に乗り越えていけばいいって思うから」

「……そうか。いい姉弟だな」


 ジミィがぽつりと言った。その口調は、いつもよりずっと柔らかく、口元がかすかに緩んでいた。


「……青鴉」


 花蓮がすっと僕に近づいて来た。


「……あたしはその提案、受けてもいい」

「!」


 花蓮が賛同を示したことに、都はホッとしたらしい。胸をなで下ろす仕草を見せた。花蓮はその様子を一瞥した後、ジミィを振り返った。


「……こんなゲームは、もううんざり。あたしは、あなたと殺し合いなんてしたくない……。だから、終わらせよう、こんなゲーム」

「花蓮……」


 ジミィはじっと、花蓮を見つめていた。その瞳には、何かの感情が見て取れた。それが何か――僕には全く分からなかった。


「そうだな」


 ジミィが頷く。


「終わらせよう、こんなゲーム」


 そして、花蓮の言葉を力強く繰り返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る