第31話 目を逸らさないで
翌日は、雨だった。
それも、勢い良く叩きつけるような雨だ。窓ガラスから響いてくる雨音がうるさい。遅めの朝食を終えたあと、そんな天気であるがためにすっかり手持ち無沙汰になったしまった。
階段を上り自分の部屋に戻る。そのとき『あおいのへや』という看板が目に入った。部屋の前で立ち止まる。
姉のことを知るために、僕はあのゲームに参加することを考えた。
しかし、それは逆に――ゲームのことを知るために、姉と向き合うことだって、有効な手段の一つなのではないだろうか――?
「…………」
そこまで考えて――けれど、僕はためらってしまう。
あの日から今まで、姉の傷に僕は触れては来なかった。なかったことにしてしまおうだなんて微塵も思っていないけれど、触り難いことに変わりはない。
見るからに痛そうな傷口に、誰か進んで手を伸ばすというのだろうか?
「……お兄ちゃん?」
振り返ると、髪の毛を下ろした紅那が立っていた。手には、何か紙切れらしきものを持っている。
どうやら、まだ髪型をセットしていないらしい。眠気眼をこすっていた。
「どうしたの? お兄ちゃん」
返事に一瞬詰まる。「なんでもない」といかにも何かありそうな言葉がでた。じぃっと、怪しんだ目を向けてくる。ああ、やばいぞと僕は思った。
「あ、あのさぁ! え、えっと……そうだ、それなんだ?」
僕は苦し紛れに、妹の手を指さした。「これ? 写真だよ?」と、それを見せてくる。
それは、花蓮と僕の写真だった。おまけに絶妙な距離感で、どことなく恋人同士にも見える。
「お、おま!? ガチで撮ったのかよ……っ」
「うん。良いでしょー。ブログに乗せようと思って」
「……よこせ」
「あ!」
ひょいと妹の手から写真をとりあげる。それをポケットにしまって、ちらりと姉の部屋を見つめた。
「……ひょっとして、お姉ちゃんに声をかけようと思ってたの?」
「あー……えっと……」
我が妹ながら、なんて勘の鋭さだろう。彼女は写真に興味を無くしたようで、ジッと姉の扉を見つめている。
「そっか。そうなんだ」
紅那は意味深な顔をして、俯いた。それから、意を決したように顔を上げた。
「ねえお兄ちゃん――うちね、ずっと思ってた」
何を? と訊ねる前に、
「うち達はずっとお姉ちゃんから逃げてたんじゃないかって」
「逃げてた……?」
「うん。引きこもったお姉ちゃんを、扉の外側から撫でてるだけで、誰ひとりその扉をけ破って引きずり出そうなんてしなかった。お姉ちゃんを傷つけないためって、うちはそう思っていたけれど、それって結局――自分達が傷つきたくなかっただけなんじゃないかな?」
姉は僕らのヒーローだった。
そんな彼女に拒絶されること。それは、とてつもなく痛いこと。
「だから、お兄ちゃんがこの扉を叩くなら……うちは、応援するよ」
唐突に、紅那は僕の手を握りしめてきた。小さくて、柔らかくて、温かい手だった。
「お姉ちゃんを、助けてあげて」
小首をかしげて、真剣な眼差しで彼女はそう言った。力強いその口調は、僕にまでその強さが移りこんでくるようだった。
その表情に、なぜか雛乃の姿が重なる。あの日桜の下で見せた、すがるような瞳。
「……分かった。助けるよ」
僕が頷くと、紅那は柔らかく微笑んだ。
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