第四章 REAZON

第26話 唐突な訪問

 目が覚めると、全身が汗にまみれていた。


『おはようございます。開店二分前です。みなさん、今日も一日頑張って行きましょう』


 と、町田109のアナウンスが流れる。ハッと辺りを見回すと、そこは扉をくぐって階段の前で、ジミィと花蓮と――そして、雛乃がいた。

 致命傷などなく、首もついていて、服装だって元に戻っていた。

 一歩、雛乃から離れる。彼女は一瞬だけ傷ついたような表情を見せたが、何も言わずに扉を空けこの空間から出て行った。


「……くそ。負けか」


 ジミィが呟く。階段まで移動して、その二段目に腰を掛けた。

 そうだ――負けた、のだろう。

 雛乃が都さんを殺してから、唐突にこの場所に戻ってきたが――


「あ」


 都さん。名堂郁子。

 彼女はこのゲームの負けによって消えてしまうかもしれないと言っていた。彼女は、彼女は――っ。

 慌ててポケットから携帯電話を取り出した。教えてもらったばかりの電話番号に、電話をかける。呼び出し音が鳴り続ける。無機質なそれはただ淡々と連鎖していく。

 消えた――のであろうか。彼女は本当に、この世界から消えて――っ。


『……もしもし、郁子ですわ』

「! 都さん!」


 僕はほっと息をついた。


「良かった……。なんだ、このゲーム、消えたりなんかしないじゃないか。あ、いや。それとも、ポイントが大丈夫……だったの?」

『後者ですわ。――悪魔が悪魔を殺すのは反則事項。おそらく今回、ポイントが増減したのはみるくさんだけですわ』

「え――?」

『……すいません、わたくし、気分が悪いので今日は帰りますわ』


 電話が切れる。「都、なんだって?」とけだるそうにジミィが訊ねてきた。


「いや……。なんか、悪魔が悪魔を殺すのは反則事項だから、ポイントはみるくしか変わってないって……」

「なに!」


 ポケットから素早くジミィは黒い携帯電話を取り出した。慣れた手つきで画面を押していく。彼はすぐに、驚きの表情、そして喜びの表情を浮かべた。


「じゃあな」


 そして唐突に立ち上がり、彼は扉を出て行ってしまった。必然的に――僕は、相田花蓮とその場に残ってしまった。


「えっと、花蓮……さん?」

「……うん」

「帰らないんですか?」

「……考え中……」


 外にいるファンへの対応など、めんどくさい事情があるのだろう、花蓮は眉根を寄せていた。この場所に二人でいるのも気まずい。僕は一声かけて、外にでた。町田109は既にオープンしていた。あの異様な世界と同じように、靴や帽子などのファッションの店が開いている。


 外にでると、今まで室内の涼しい冷房にあたっていたからだろう、ムワッとした熱気を感じた。道行く人の流れに混ざり、家路につく。雛乃や都さんや永遠音や花蓮やジミィの顔がかわるがわる頭に浮かんでは、僕はこれからどうすればいいのかを考えた。


 このゲームから逃れる事は――出来ないのだろうか?

 今日の戦いで感じたこと。

 雛乃に都さんを殺せと言われた時、僕はどちらも選べなかった。

誰かを殺し、誰かを消滅に近づけること。そんなこと、僕はしたくない。もちろん自分も消えたくない。


 不意に、永遠音の願いを思い出した。

 自分が消えない為に誰かを消し、ゲームをクリアした後に全員の幸せを願う――。

 理屈的には間違っていなさそうな解決方法を思いつき、僕は考えた。

 この目的のために――他のプレイヤーを騙して殺すことが、果たして僕に出来るのだろうか?


「ただいま」


 結論が出ないまま、家へとたどり着く。扉を開くとツインテールの少女がいて、


「わ、しまった」と言った。

「……何がしまったんだよ」

「んーっと。ケーキがあってね? でも……お兄ちゃんの分がない……わけでもない」

「……僕がいない間に二つ食おうとしたな?」

「うーっ! うち、もうケーキ二つ食べる口になってたのに! ねえお兄ちゃん、ケーキ譲ってくれないかなっ?」

「やだよ」

「うーっ!」

「唸ってもダメ」


 靴を脱ぎ、紅那の頭をぽんっと叩いてからリビングへと向かった。その時、ぴんぽーんとチャイムがなった。


「はいはーい」


 紅那が言いながら扉が開ける。僕は何気なく振り返った。

 そこに――


「え……。嘘。か、花蓮ちゃん!?」


 相田花蓮が、相変わらずのぼんやりとした半目で立っていた。

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