誘拐

嫁入りから数日がすぎて、その日は吹雪が外出していた。塔子は中庭に佇み空を見ていた。突如空が黒く染まり、中庭が破裂したかのような爆風でガラスが全て割れる。


漆黒の大きな羽を持つ見知らぬ男は塔子を片手で抱き抱える。見張りの狐面たちは爆風で吹き飛び、姿形もなくなっていた。


「結界が厳重な割には護衛が甘いな」

男はニヤリと笑って、そのまま空に塔子を連れさる。


「やめて、離して。私!ここにいたいの」


「九尾の狐が後生大事に抱え込んで離さない花嫁にしてはパッとしねえな、とりあえずアイツが戻る前にずらかるんで大人しくしててな。そんな暴れたら間違えて空から落っことしちまうぞ」


下を見ると遥か遠くに碁盤の目のような京都の町が見えた。

「あなたは、天狗ね」

「よく分かってんね。でも、そこらへんのじゃねえ。鞍馬の大天狗だよ」


漆黒の大きな翼、浅黒い肌、黒髪が太陽によく映えて精悍な印象をうける。この人が麻雀の負けのカタに私を紅丸に渡した、元凶の紫苑か。


「とりあえず狐に捕まる前に家に帰るから、捕まってろよ!落ちんな!」


声をかけるが早いか急降下する。


「いやぁあああー‼︎」


思わず出た悲鳴をおいてゆくスピードで落ちてゆく。

(私こうゆうの超絶苦手、なのに…)


そして意識は途切れた。


目を覚ました塔子はテントの中にいた。テントの外へ出ると、キャンプチェアに座りながら火を焚く鞍馬の大天狗がいる。鞍馬の天狗のイラストでよく見る山伏のような格好はしておらず、普通の大学生のようなラフなグレイのパーカーにカーキのチノパンをはいている。漆黒の羽はすでに仕舞われていて、どっからどう見てもチャラ目なお兄さんだった。


「家ってここなの?」

「とりあえずはね」


飯盒ではお米を炊いているようだった。


「いやー、紅丸にさ麻雀の負けで身ぐるみ剥がされて今家がないのよ、俺」

「私が返品されたから?」

「ビンゴ」


(そりゃあそうだよね。私に執着する理由など紅丸にはないのだから、これで私と紅丸の縁は切れる)


「ま、家なんてあっても九尾の狐の花嫁なんか攫ったら更地にされるだけだから、ちょうどいいけどさ」

「なんで、私を攫ったの?」

「気になったから」


紫苑がキノコのホイル焼きを開けると、バター醤油のいい香りが立ち上った。


「あんのツンとお高く止まったいけすかない九尾が、花嫁行列を派手にぶちかまして屋敷を構えて結界張って朝から晩までアンタに付きっきりで出てこねえの、どんな女か気になんじゃん」


ハフハフしながら大黒本しめじを頬張りつつ、モゴモゴと話し続ける。


「それも俺だって権利持ってた女じゃん?九尾と張るのはだりぃから紅丸に譲ったけどさ」


プシュっと缶ビールを開けて、煽り飲みながら紫苑の話は止まらない。


「まあ、紅葉丸は元気な小さい子供だとのたまうし、九尾の狐の花嫁に手を出せるわけねえだろってつっかえされて家屋敷とられるし、そんなにあっちの具合がいいのか狐がくっそロリコンなのか知らねえけど、隠せば隠すほど気になっちまって」


大天狗はグビグビっと一気に缶をあけた。


「まあ、我慢ならねーって攫ってきたら存外普通の女の子で拍子抜けしてるとこ」


紫苑はこっちに目を向けることもなく、ワクワクした面持ちで肉や野菜をを網に並べ出した。


「お前も食うか?しばらくキャンプ暮らしだから食わないと体力キツいぞ」


「私に興味ないなら、吹雪のところに返し…」


「ヤダ」


間髪入れず大天狗が答える。


「あなた九尾の狐の力が怖くないの?」

「別に怖くない。俺に手を出したら、アイツも無傷ではいられないと思うし。アイツに勝てるかどうかは危ういけど」


吹雪は行方を探しているなら、紅丸に危害が及ばないか心配だけが心配だった。


「つーかアンタとか関係なく、俺ね、女にはそんな興味ないけど。九尾の狐が女に執着してる話なんてマジ激レアなんだよ。そんなに女がいいもんかって思ってさ、てか試してみるまで分かんないじゃん。俺Amazonとかで物買う時、売れてますって書かれてると弱いタイプなんだよね」


「このままだと、雲ヶ畑の天狗の里とかに、吹雪いってしまうかもしれない。紅丸、私の花嫁行列に乱入してきてたし疑われちゃうかもしれない。私を家に返してくれたら、あなたに危害加えないように頼むから、お願い。」


背中を向けて肉を焼いていた紫苑が私の言葉に振り返る。


「お前、なんかやけに詳しくね?雲ヶ畑は隠れ里なのに何で知ってんだよ」


真っ直ぐに見てくる紫苑のその目は笑っていない。


「私、その…ちょっと未来とか、知らないことでもわかるの、そうゆう能力があるの」


出まかせにもほどがある。だが効果的だった。


「どーりで九尾が手放さねーわけだ」

突然紫苑の目がキラキラかがやく。

「ななな、当たり馬券とか、当たるパチンコ台とか、舟券とかがわかるってことだよな!?」


めっちゃめちゃ食いついてくる。


「そんな都合良くはわかんないけど、た、たまに!まれに!夢とかで!」


慌ててフォローするけれど、「いやいや九尾があんなに大事にするぐらいだから、やっぱすげえ女なんだな!たまんねー!」と一人で盛り上がり出した。


「肉こげるけど!」


「出た!予言じゃん、マジ焦げてるしすげえ」


紫苑は私が何を言っても、謎に感動しながら、白いご飯と肉を掻き込んでいく。とりあえず私は日曜日の大穴馬券を当てる任務を託された。

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