第3話 守れない

 2015年7月11日。演陵 諒平、香里奈が交通事故に遭い救急搬送。

「あの時の状況について、教えてくれるかな」

「…ダンプカーが倒れてきた」

「なんだって?」

「お母さんが急いでハンドルを右に切った。人居なかったから。だけど間に合わなくて。それからは何も見えてない。お父さんが庇ってくれたから」

「そうか…」

「もうよろしいですか。この子、昨晩から一睡もしていないんです」

マネージャーさんの声が聞こえる。「えぇ、もちろん。…飛逹君。ちゃんと睡眠を摂りなさい。お母さんたちは、君が睡眠時間を削るのを望んでは居ないはずだ」

「…」

わかっている。しかし不甲斐ないのだ、自分が。世界最強と言われておいて何も出来なかった。小さい体。そしてよくわからない機械たち。これらを対処するのは不可能だった。

「しばらく仕事は休みなさい。しばらく収入は無くても十分生活していける。香里奈たちの貯金は馬鹿みたいにあるし、あなたの分もある。私も出すし、何なら会社が補償する。看板を落とすような真似はしない」

「休まない」

「は?」

「あの傾き方はおかしかった」

「?」

「どう考えても自然に倒れているとは思えない倒れ方だった」

「どういうこと」

「風は倒れた逆の向きに吹いていた。車両に問題はなかった、地面にも何も問題はなかった。それにそのダンプカーの前の更に大型の車は何も起こっていなかった」

「!」

「不自然な点が幾つもある。もしこれが杞憂だったとしても…納得いかない」

「…はぁ、それこそ休まないといけない」

「何言ってるんですか」

そんなの決まってるでしょ。

「私がお母さんたちのような演者になるんですよ」

 演陵 飛逹と会ったその時から、何かしら、他の子たちとは違うと思っていた。そしてそれはこの子のマネージャーになってから顕著になった。香里奈以外の人間に対して敬語で話し続けている。推理番組の答えをスラスラ言えてしまう。観察能力が高い。そして何より、自分が他の人達よりも年上であるというような雰囲気をときどき出す。

 しかし、今のこの子は今まで子供らしさが無かった瞳に、純粋な「狂気」が映し出されていることで、子供らしさが見られた。皮肉だ。

「そして犯人を誘き出す。どうせあの二人を潰そうとしてたんなら私のことも潰そうとするはず。普通は活動休止しますからね」

 飛逹がニヤリと口角を上げた。

「自分の危険を」

「何言ってるんですか?親が死んでるのにそんな呑気なこと言っている場合ではないでしょう」

正直、恐怖を感じた。子供のように、感情を表に出しているわけでもなく、また、大人のように声を押し殺して、静かに殺意をためているのでもなく、ただひたすらに、分析をしてその上に私情を挟み込んでいるのだ。この子は。普通の子供ができることではない。

「さぁ、明日の仕事はなんですか?」

「…ドラマ撮影ですよ。「幸せを掴みたい」の」

「わかりました」

私は、この子に泣いて欲しかった。

「長瀬くん!!」

「?」

 彼は振り向いた。

「な、なんで助けてくれたの!?」

「えぇ??だって、いじめって悪いことなんでしょ?」

「だ、だけど、相手は小6で!!」

「別に、勝てたからいいんじゃないの?」

「も、もし!いじめの標的が長瀬くんに変わってしまったら!!!」

「その時はその時でいいじゃん」

彼は不敵に笑う。

「どうせ、人をいじめるやつだなんて碌な人生生きられないんだよ。そもそもの性格が腐ってるからさぁ。そんな奴は僕が騙してゴミ箱に捨てることができる。さっきみたいにね」

彼は、何というか、すごい子だった。自分に圧倒的な自信がある、そしてそれは年上だろうが関係ないという自信があった。

「なんで、そんなに自分に自信を持てるの?」

「何で…かぁ…。何でだろうね」

彼は、とても綺麗に笑った。

「僕が…神様だから?…なんちゃって」

彼は、神様だ。そして…今の私の彼氏でもある。

カーット!!!!!!

「ありがとうございました!」

 そう挨拶した途端、共演していた少女、そう笹気原 優香が私の手を握った。珍しいな。この子、割と静かな子なのに

「どうして…そんな演技が…できるの?」

「?」

「私…同じようキャラしかできないから…。」

「はは、俺も一緒だよ。ちょっと闇があるキャラしかできないし、回ってこないよ。まぁ俺的にもそっちの方が演技しやすいからやりやすいんだけどさ」

「で、でも私、2歳から子役してるのに…」

「大丈夫でしょ。得意なことを極めていけばいいじゃん!それに…まだ小学生だよ?」

「!!それもそうだね!」

「うん」

「ありがとう!!」

そう言って優香はマネージャーさんの方に駆けて行った。計画その一、話しやすいキャラ作りに努めること。

 東京の夜の景色が通り過ぎていく。目が痛くなるほどにあるLED。ビラ配りをしている居酒屋の店員。居酒屋に入っていくサラリーマン。ホストクラブに入る女性。忙しそうに歩くサラリーマン。全てが当たり前のように過ぎていく。

「はぁ…いきなりすごいキャラ変わったね」

「あっちの方が話しかけやすいでしょ」

「それはそう。明日はまた殺人鬼の息子してもらうからね」

「うん。台本覚えとく」

「よろしく」

私とマネージャーは、お互い敬語が無くなり、一気に距離が縮まった。

「そういえば明日のキャストに海ちゃんいたよ」

「ふーん…」

「本当に一方通行だよね…」

「別に」

「なんか可哀想になってきた…」

「海がいたところでパフォーマンスが変わるわけでもないし」

「本当に淡泊。好きな子とかいないの?」

「好きな子…まず意識したことなかった…かも」

「嘘、小一ってもっとませてるんじゃないの??」

「いろんな人に声かけられるから休み時間に一人になったことはないけど…まぁどうせお母さんたち目当てだし」

「はぁ…」

それは違うと思うけどなぁ…、というマネージャー、美濃宮 奏多の呟きは、聞こえなかった。

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