焔を鎮める者

 覚醒してさらに力と機動力が増した怪人とぶつかりあって思ってしまう。


 準備しておくことがどれほど大事なのかと。


 燻っていた自分自身に怒りを覚える。



「それでも、それが諦める理由にはならないんだよ」


『ああ、そうだろうな。それで諦められるようなものじゃないんだろうから』



 ある意味俺と佐倉は似ているのだろう。


 だからこそ、理解ってしまうし、諦めたくない、いや、諦められない。


 その拳の一撃を何度も受けて、覚醒した焔の力の消耗を続けて。


 体は重く、息も上がっている。


 それでも、燃やした焔が俺を立ち上がらせる。


 どれだけドレインされ、喰われようとも、燃え上がる焔は鎮まらない。



『それが君だからな。どれだけ傷つき、倒れそうになっても、その意志が燃え続ける限り、どこまでも限界を超えていく』


「ハッ、実際手詰まりなんだがな?」


『それはこっちも似たようなものだ』


「そうかよ、ならどうするんだ?」


『それについてはすでに答えは出ている。あとは決断を待つだけだったんだが…おもったよりも早かったようだな』


「あ?」



 怪人の言葉に疑問に思った瞬間に




――――――ヒュン――――――




「…ッ!なんだ!?」



 なにかは俺にかなりの勢いで衝突した。


 怪人の拳ほどの威力はなかったが、予想外の攻撃のダメージは小さくはない。



『どうよ!日頃の鬱憤晴らさせてもらうわよ!』



 その聞き慣れた声が聞こえてきた方向を見ると


 ああ、そういうことか。



『君を鎮められるのは一人だけだ』



 怪人の声にいつもと違うため息が出てしまう。


 武装装甲車から放たれるものを避ける気力が一瞬なくなるくらいに。


 忘れていたわけじゃなかった。


  


 



 秋さんと赤司さんがぶつかりあう音が聞こえてくる中で、この町に来るときに秋さんから車の中で言われたことを思い出す。



「これを渡しておく」



 そう言って秋さんはカードを手渡してきた。



「これって?」


「この車の武装の開放するためのカードキーだ。このままだと使えないが、オートドライブモードになればこの差込口が開くからここに入れればいい」


「この車ってそんなのもあるのか?」


「ああ、だが使うのは君達じゃない」


「私達じゃない?」


「君達の役目はそれを使う相手に手渡すことだ」



 使う相手というのが誰なのかパッとわからない。


 透真の方を見てもわかっていないようだった。



「誰なんだ?」


「それは…」





 赤司という人が焔を纏ったときにコルトさんから車に乗るように通信があった。


 乗り込んだら勝手に動き出したからこれがオートドライブモードなんだと思う。


 見た目は普通の車だったのにこうなったときに装甲車みたいになった。


 多分コルトさんが起動したんだと思う。


 そうしないと私達も危険だから。



「ちょっ!これ凄いね!」



 無道さんがはしゃいでいる様子に正直なんでこんなに余裕があるんだって思う。



「佐倉ちゃん…大丈夫かな」



 はしゃいでいたと思ったら秋さん達の方向を見て、心配そうな声色でそう零す。


 どれが本当のこの人なんだろう、そう思えてしまう。


 人には色んな面があるし、どれが本当かなんていうのはないのかもしれない。


 どれもその人なんだから。


 だから、秋さんを心配するこの人に託すことはきっと間違いなんかじゃないんだ。





 涼斗と佐倉ちゃんの方を見て、自分の無力と世界の理不尽に嫌になってくる。


 



「無道さん、秋さんがこれを貴女に渡すようにって」


「え?」



 そんなことを考えていたら彩ちゃんがカードを手渡してきた。



「なにこれ?」


「そこの差込口に入れればいいって、そこから先は無道さんなら理解るんだって」


「ふーん…ここに入れればいいのね」



 私なら理解るっていうならやってみれば理解るんだろう。


 というわけで、カードをスロットインっと。



『マニュアルモードに移行します。カード投入者は運転席に座ってください』



 車から聞こえてきた音声に従って運転席に座ってみると、車内がどこかのロボットアニメのコックピットかと思うようなものに変化していった。


 窓はモニターになり、運転席には全方位索敵ができるレーダーのようなものまで付いている。


 なるほどなるほど、


 コルトも粋なことをしてくれる。



「さすが持つべきものは友達ってことなのかな」


「え?」


「ううん、こっちの話、彩ちゃん、透真君もありがとね」


「は?」



 さあ、涼斗の奴に私の鬱憤をぶつけに行くとしようじゃない!





 秋さんや彩もそうだったが、この無道 遊里という女性も見た目に反して性格は相当なものだとは実際に逢ってみて思ってはいた。


 逢う前にはあの赤司という男に縛られていたという話を聞いていたから気弱で儚い女性なのかとも思っていたのがもうずっと前のように思えてしまう。


 実際そう思っていたのは昨日までというか今日逢う前までだったのだが、そこは割愛していいだろう。



「なんで、秋さん以降逢う女は皆こうなんだ」



 意味の分からない技術が使われている武装装甲車の中で無道 遊里の操縦技術を、いやおそらくそれだけじゃなく、技術の制御技術とそこから取れる情報の把握能力、とでもいうのだろうか?


 どこかのアニメかなにかで見たような電子の申し子とでも呼ぶような勢いで動く両手とコンピューターの異常な処理速度に追いつけるだけの反射とでも言うべき反応。


 俺の語彙力じゃ表現できないくらいに 



「凄っ…」



 彩も呆けたような様子で彼女の動きを見ている。



「そうだな…」



 彩の言葉にそんな言葉しか返せない俺はやっぱり凡人なんだろう。


 ポーションの影響が残っていると言われても自分とは違うと思わされる存在を前にしてどうしてもそう思ってしまう。


 それでも、俺は俺にできることをやるだけだ。



「彩、無道さんのサポートをするぞ」


「あ、うん、コルトさんと秋さんにも通信を繋いでおくね」


「ああ…無道さん、俺達にできることはなにかあるか?」



 サポートをすると言ったものの高速で両手と指を動かしているこの人のなにを手伝えるのかさっぱりなのも事実だ。


 なら本人に聞いたほうがいいだろう。



「うん、こっちAIと合わせて車とビームビットの制御をするから、透真君は隣に座ってレールガンを撃って、彩ちゃんはコルトと佐倉ちゃんとの情報共有よろしくね」



 間髪入れずに指示が来た。


 というか、AIとビームビットってそんなのも付いてるのか。


 いや、AIはさっきの音声の主になるのか。



「わかった」


「わかりました」



 余計なことを考えながらもやるべきことをやるために助手席に座り、そこに出てきたトリガーを握る。



「ビームビットとレールガン以外にも武装はあるんだけど、涼斗も消耗してるし、多分これでいけると思うのよね。涼斗をモニターに捉えてロックオンしたらトリガーを引けばいいからね。大丈夫、そのくらいじゃあいつ死なないから…多分」


「多分なのか…」


「それじゃ、行くよ!」



 そこで話を切り上げて戦闘に介入する。



「最初の一撃が肝心だからね。姿が確認できてモニターに捉えたらすぐにトリガーを引いて、最初の照準はこっちで合わせるから」



「わかった」



 はじめて人を撃つ俺に、というか、こういうものを使うのもはじめての俺に正直当てられる自信はない。


 なら、できることをできる範囲でやるべきだろう。


 俺のやることは捉えたと同時にトリガーを引くことのみ。



「秋さんから動きを止めるからそこを狙えばいいって」



 彩は彩でやるべきことをやっているようだ。



「大丈夫よ、私に任せなさいって♪」



 秋さんとは違う意味でこの無道さんも安心感がある…ような気がしてきた。


 安心させようとわざとやっているのか判断はつかないが、武装装甲車新しい玩具に乗ってテンションが上がっているのもあるのかもしれない。


 とりあえず意識を切り替えて、モニターの方に集中する。


 黒い怪人と焔を纏っている者が見えた、と同時にトリガーを引く。


 空気を切るような音がして、焔にレールガンの弾が直撃する。



「どうよ!日頃の鬱憤晴らさせてもらうわよ!」



 隣から聞こえてきた声にどこかホッとしてしまったのは内緒だ。





 おそらくあの武装装甲車はコルトが遊里が理不尽に対抗するために用意してきたものなんだろう。


 レールガンに加えて無数のビームビット。


 並の人間に制御できるものじゃない。


 だが、そこに今乗っているのは使


 遊里本人が興味を惹かれた趣味でもあるという点も含めると


 それがどれだけのものになるのかは


 


 準備を怠らなかった怪人と努力を積み重ねてきた天才がそこにいる。



「ふぅ…それで、遊里はどうするんだ?」


『理解ってて聞くのもホント変わらないわね』



 即席とは思えないほど上手く怪人と連携しながら返すその言葉にまたため息が出てしまう。



『あんたがこれからどうするとしても、私はコルト達と行くわ』


「…そうか」



 答えはもう出ていると言ってもいいんだろう。


 それでも、ケジメはつけておいた方がいい。



「なら、次で決める…これが間違いなく俺の全身全霊だ」



 そう考えるとすっきりする。


 出し惜しみはもう要らない。


 あとはただこの意思を燃やすのみ。


 これまでにないほどの熱が体を巡る。


 巡る焔が俺に成る。


 怪人を見ると奴も妙なオーラを纏っている。


 それが奴の異形の右腕に収束されていく。


 こっちに合わせて動くつもりなんだろう。


 


 奴の周りに光を纏ったビームビットが踊るように飛んでいるのは遊里の意思表示でもあるんだろう。


 さあ、準備はできた。



「じゃあ、行くぞ」


『ああ』



 光と共に来る黒とぶつかる。


 光が結ばれ黒を護る盾となるが、俺の焔を止めきれない。


 それでも減衰することはできたのだろう。


 黒が焔を突き破って目の前に在る。


 俺の意識があったのはここまでだ。





「なんとか、なったみたいだね」



 ガスマスクの友人視点のモニターに最後に映った映像を見てそう呟いてしまった。


 焔を越えて涼斗の顔が見えたところで映像は切れてしまった。


 おそらくビットのビームバリアの最大出力をも越えた一撃とぶつかりあった衝撃であっちの機能が壊れたんだろう。


 それでも、その後すぐに届いた彩君からの連絡で結果は知れた。



「彩君も透真君もよくやってくれたね」



 あの中でできることをやり抜いた彼女と彼にも感謝だ。


 もちろん、秋と遊里、そして涼斗にも。


 これでおそらく僕の目的にまた一歩近づくだけの力が集まった。



「でも、今は少し休んでもらった方がいいかな」



 特に秋と涼斗は結構な怪我をしているだろうから。


 ポーションである程度の怪我は治っても精神的なものまでは治せない。


 まあ、秋はそれでもできる訓練をするんだろうけれど。



「それはそれでいいんだけどさ…ともあれ、お疲れ様」


『コルトもな、お疲れ様』



 彩君からの通信のはずがそこから秋の声が聞こえてきた。



「どこから聞いてたんだい?」


『ともあれ、お疲れ様、からだな』


「そっか、涼斗が起きて遊里も含めて一緒に帰ってくるならそのまま連れてきてよ」


『わかった』


「歓迎の料理も用意しておくからさ、よろしくね」


『ああ、楽しみにしておこう』


「それじゃ、また後で」


『ああ、また』



 そう言って通信が切れてから、帰ってくるまでの時間を計算する。



「さて、それじゃ準備にかかるかな」



 律君と海斗君にも連絡して、準備をはじめていく。


 あとは帰ってくるまでに間に合わせるだけだ。


 世界の理不尽は変わらないけれど、新たな仲間が集えば日々に変化は訪れる。


 そんなことを楽しみながら、コルト・フォルトナーは目標のために今日も生きている。

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