「やぁ。いつのものを頼むよ」

 ツゲンはマーケットに来ていた。今日もまた、ロボットを修理するための鉄塊を手に入れるためだ。仕入れは日に日に少なくなっている。ここ最近、鉄不足が深刻だ。だからツゲンは、いつもの太った店員がどんな反応をするのか心配だった。ツゲンを見てパッと明るくなれば、きっと沢山の鉄が入ってきている日だ。切なそうな顔をする日は、きっと鉄は少ないのだろう。しかしこの日の店員はそのどちらでもなく、驚きに目を見開いていた。

「なんだ、ツゲン。どういうことだ?」

「だから。鉄が欲しいんだ。今日の仕入れはどうなんだい」

「どうなんだいって、お前、ふざけてるのか?」

「ふざけてる? おれがかい? 一体どうして」と、ツゲンは大げさに手を広げて自身の潔白を示した。「それにしてもどうして今日はこんなにおかしな反応をするのさ。おれはいつも通り、仕事に必要な物を買いにきただけなのに」

「どうしてって。お前、さっき鉄を買っていったばかりじゃねぇか」

 店員に言われて、全く身に覚えのないツゲンは首を傾げた。

「おれが? いつ?」

「ついさっきだよ。ついさっき、お前さんがここに現れて、今日の鉄を買い取っていった。今日の鉄はお前に売った分で全部だ。何度店に来ても仕入れは増えないぜ」

「いや……。でも、そんなはずは……」

 ツゲンにそんな記憶はない。鉄を買ったのは今日ではなく昨日だ。昨日は、朝起きてからロボットの軽い整備をしていたら、レーカが起きてきたので軽く話をした。そしてそのあと、ツゲンはマーケットで鉄を買っている。しかし今日は朝起きてレーカがいないことに気付き、どうやら彼女はロボットと共に南に向かったのだという目撃情報を得ていた。南なら危険はないだろうし、迷うような土地でもない。きっとそのうち帰ってくると楽観的に考えながら、ツゲンはここまで足を運んでいたのだ。

「もしかして忘れちまったのか?」と店員は言う。「なぁツゲン。お前さん、最近様子がおかしいようだぜ。瓦礫が集まって尖塔が生まれただの、なにもないところから女の子が二人現れただの、ありえない事ばかり言いやがる」

 女の子が二人……そうだ。すっかり忘れていたとツゲンは思い出した。レーカが現れてその場に倒れた時、もう一人、そこに同じような女の子がいたのだ。もう一人は尖塔の奥へと消えていった。彼女は今、どうしているのだろうか。

「なんにせよ、また明日来るよ」とツゲンは言って、マーケットを後にした。

 鉄がないなら今日の作業はできないだろう。マーケットの店員が言っていることを気にしていても仕方がないし、家にはレーカもいない。それなら今日はまた西へと行き、尖塔の様子を見てこようと考えた。途中に危険地帯があるものの、一度経験してしまえばなんのそのだ。

 実際、それはその通りだった。ツゲンは危険生物たちを慎重かつ大胆に回避しながら、また尖塔に辿り着くことができていた。そこには、石レンガで作られた立派な一棟の尖塔が、あの時と変わらぬ姿で聳え立っていた。

 ……だれかいる。

 ツゲンは異常に気付き、遠くから目を凝らした。尖塔の入り口にだれかが立っていて、ずっとツゲンの方を見つめている。あの時の女の子ではない。まだ若そうな男性だ。背丈はツゲンと同じくらいで、ツゲンと同様、防塵マントと防塵ゴーグルを装備している。けれど、ただそれだけであればそこまで異常な状況ではないはずだった。人は珍しくない。装備もこの辺を移動するために必要なものだ。しかし、ツゲンは頭がこんがらがりそうなほどの混乱に襲われえていた。その理由を確かめるため、尖塔に近づく。男に近づく。正面に立つ。そして、ツゲンはパニックの瀬戸際で確信した。

 尖塔の入り口に立っている男は、自分だ。

 鏡の中の自分とは少し違う。左右反転されていないからだ。

「あんたは……おれなのか」

 震える声で問いかけると、男は頷いた。尖塔の境界から小石が生まれてツゲンの方に転がり、同じ小石が同じ境界から生まれて男の手の中に収まった。わけがわからなかった。男が、ツゲンに小石を投げるよう促してくる。コンコンと音が鳴り、言われたとおりツゲンが小石を投げると、尖塔の中にあった同じような小石が磁石のように反応して境界でぶつかり、音もなく消滅した。ツゲンの混乱は加速した。 

「ウレサヂキビチミオウェアトコ、アラネアモ。ウブオジアダ」

 男がなにかを言った。意味のわからない言語だ。それはまるで言葉が逆再生されているかのような歪さがある。そして男はこまねきをして、ツゲンをジッと見つめた。

「来い、と言っているのか」

 すると今度は、男が腕を持ち上げてツゲンに自分の腕時計を見せた。やはりツゲンと同じ腕時計だ。しかしその進み方が違う。秒針が逆回りしている。まるで時間を遡っているかのように。ツゲンは自分の腕時計を持ち上げてその状態を確認した。秒針は問題なく順行している。そしてようやく、ツゲンはこの現象に当たりをつけた。

 男が頷く。

「時間の進行が逆転しているのか」

 こちらから石を投げた時に、先に音が鳴って向こうの小石が磁石のように吸い寄せられてその境界で消滅したのは、途中で時間の流れが変わったためだ。反対に空間から小石が現れ、一つはこちらに転がり、一つは男の手の中に戻ったのは、男が向こう側の時間の中で石を投げたからだ。だとするとレーカが現れ、一人がこちらに倒れて一人が尖塔の中へと消えていったのは、時間が遡行している中で彼女がこちら側の時間の中に移動したためだろう。つまりこの目の前の男は、やはりツゲン自身だったのだ。しかしそれはコピーやクローンなどではなく、一種のタイムトラベラーのような存在の自分だ。目の前の男は、遡行世界に足を踏み入れ過去へと向かう自分自身だった。

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