尖塔の果て

丸山弌

 はぁはぁと荒げた呼吸が響く。鋼鉄ともコンクリートとも違った頑丈な壁や床や天井の通路が続いている。走る彼女の足音と、その彼女の手を引く壊れたアンドロイドがギィギィ身体を軋ませながら走る音。それに、二人の背後からガシャガシャと無機質で恐ろしい音が通路を騒がしくさせている。

「コノ先ダ」

 彼女の手を引くアンドロイドが言った。緑色の二つのライトがこの機械の瞳だった。

「ガンバッテ、レーカ」

「はぁ、はぁ」レーカは今までこんなに長い距離を走ったことがなかった。呼吸が苦しく、胸やわき腹が痛い。「どうして、私の名前を知っているの」

 問いかけたが、機械は答えない。しかし、やがて光が見えてきた。通路の出口だ。どうやら逃げ切れそうだった。ところが、無機質なガシャガシャ音は正面からも聞こえてきた。

「マズイ」とアンドロイドが毒づいて進路を変える。せっかく見えていた光が遠くなる。

 一体どうしてこんなことになっているのだろうか。なぜ私は追われているのだろうか。そして、どうしてこのアンドロイドはそれを助けてくれているのだろうか。

 機械は、人間の敵であるはずだった。人間とロボットは敵対していて、戦争をしている。人間によく似たアンドロイドはロボットの味方だ。世界各地で、生き残りをかけた激しい戦闘が続いている。レーカもその戦禍の中にいた。今、ガシャガシャと聞こえる音はロボットたちがレーカを追いかける音だ。そんな状況だから、レーカは困惑していた。おそらく何人もの人間を殺してきただろう機械の手が、レーカの手を引いて助けてくれようとしている。

「どうして、あなたは私を助けてくれるの?」

 アンドロイドは答えない。

 光が見えてくる。出口だ。しかしやはり、ガシャガシャ音が先回りしている。もう他にやり過ごせる道はない。

「止マラズニ、走リ続ケテ」

「え?」とレーカが聞き返した直後、アンドロイドは走る速度を上げた。

 出口の光はすぐ先だ。その手前にたくさんのロボットの影が立ちふさがっている。アンドロイドは、速度を緩めずその影に向かっていく。

 待って。私を置いていかないで。

 レーカは手を伸ばしかけた。その時、アンドロイドは一瞬だけ振り向いてレーカに視線を送った。ただの緑色の発光体が二つ並んでいるだけだったが、その光には言い知れない温もりがあった。そしてそのアンドロイドはロボットたちをなぎ倒し、掴んで振り回し、押さえつけ、道を開けた。

「行ッテ!」

 言われるがままレーカは走り、手を伸ばしてくるロボットの手をなんとかやり過ごして、彼女はそこを通り抜けた。

 ……やった。

 レーカは光を背にして立った。

「通れたよ! もう大丈夫! あなたも早く――」

 しかし彼女がそう言った時には、アンドロイドの下半身はロボットに掴まれ、へし折られていた。

「行ッテ」アンドロイドが言う。しかしその首もロボットに捕まれ、ゆっくりと鋼鉄の躯体が折れ曲がっていく。「……行ッテ!」

 レーカは、言う通りにせざるを得なかった。ゆっくり後ずさりしながらも、覚悟を決めて踵を返す。

 彼女は、光の中へと身を投じた。

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