スラム

スラムⅠ

 ベアウと別れてしばらくはパレードに伴って歩いた。やはり近くで見るとより気分が高揚する。リベルは心の中で今一度噛みしめる。


 とはいえ、パレードとあってさすがにずっと共にあるとその騒がしさに疲れてはくる。隣のモネを見やれば、随分と前に意気消沈としていたらしく、その様はまるで生ける死体であった。目を細め、鼻をつまみ、何やら臭いものでも嗅いでいるかのような顔をしている。足取りも重々しい。普段の闊達なモネと比べるとその差はすさまじいものだ。


 リベルとしては、気を利かせたつもりだ。その手を取り、小さな路地へと入っていった。喧騒は一気にやんだ。人通りは一切ない。目からも耳からも実に静かで落ち着く。モネに水を勧めると、勢い良く取って、これまた勢いよくすべてを飲み干した。自分も飲もうと思っていたので少し落ち込む。しかしそれで機嫌はかなり改善したらしい。軽やかなステップを踏みながら先を行ってくれる。


 モネと楽しく会話していると、見慣れない光景になったことに気づく。建物という建物はすべて瓦解し、屋根の代わりに布をかけている。しかしその布も穴だらけだ。


 また少し進むと人間の姿が増えてきた。その者たちの服もボロボロである。……汚い。


「あっ、そうか」


 モネの手は納得の仕草だ。


「ここら辺はスラムなんだっけ。普段だったら入る前に気づいたところなんだけど、やっぱり疲れてるのかな」


「スラム……これまで見てきたところと全然違うな」


「まぁね。ここは神美派にも体美派にも見放された奴らが行きつくところだからね」


「見放された?」


「そ。どっちもさ、一応、門戸はだれにでも開いていたでしょ。だけど、いわゆるお偉いさんだとか、多数決だとかで、もう発展の見込みもなければ、現在においても美に欠けると評価されたら追い出される。片方から追放されたからって別にもう片方でもそれですぐに資格を失うなんてことはないけど、元からどちらかしか目になければ、そのまますぐにここに来るっていう人間もいるね。もちろん、どちらからも追放されたって場合もあるよ」


 リベルは頷きを返しつつ、周囲に目を配る。みすぼらしい格好だ。脇を子供が通った。その手には石を握り、石畳が残るところで立ち止まった。そしてガリガリと石をこすりつけ、図形か模様かを描き始めた。……いや、猫かもしれない。


 また別のところを見れば、そこには自重トレーニングをしている男がいた。全身から汗をたらし、その頑張り様は今すぐにでも拍手してやりたいが、どうも努力が結果に結びついていないようで戸惑う。


 汗を流す理由はトレーニングだけではないらしい。大きな音を立て、色付きの岩を砕いている女がいる。あらかた砕けたら、さらに細かくするため、今度は手ごろな岩を両手でつかんで打ち付ける。そうして出来上がった粉を顔に塗る。少し青みがかった肌色は綺麗だが、やせこけた頬のせいか魅力的にはどうも映らない。


 先を進めど進めど、ずっとそんな調子だ。リベルはこの価値域に来てがっかりすることはままあったが、ここが正直一番に思った。もはや憐れみさえ抱く。


「モネ、こいつらは体美派からも、神美派からも追放されたんだろ。だったらもう、戻るところなんてないんじゃないのか。なのになんで、こいつらはこんなに活動をしているんだ」


 モネは新しく物を教えるとき特有のちょっとお姉さんぶった笑みをもって


「そういう疑問は本人たちに直接聞いてみるものだよ」


 と言い、リベルの背を押して一人の男の前に立たせた。男は太めの枝にピンと長短様々な糸を張らせた物で、音を出していた。

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