神美派Ⅸ

 ライにこっぴどく叱られた。言うことには、とにかく危ないとのことだ。周りが植物の中、さらにはアートアカデミー校舎内の中庭であることからしても、火を使うようなことは考えられないことだそうだ。あれほど火を見て冷えあがったこともないとも言っていた。


 そしてしばらくの謹慎を言い渡され、しようと思っていたことができなくなり、モネと共々アートアカデミーの廊下を歩き回る現在である。リベルは頭の後手に腕を組んで拗ねた様子だ。それを見かねてモネが話し出す。


「あーあ。良い案だと思ったんだだけどなぁ。ねぇ、リベル」


「僕もまぁ、そう思ったよ。納得しきるところまではいかなかったけど」


「だよねぇ」


 そのまま空しく会話は引き継がれることはなく、廊下の突き当りまで来た。ここで左に曲がれば、もう一周することになる。ずっと歩いてきたが、二人の今の心境として自ら何か行動する気にはなれず、数ある教室の戸を叩くことはしなかった。


「じゃ、ちょっと外に出てみよっか。いくら愉快な壁だからって擦り切れるまで観るのも他の人に悪いだろうからね」


「うん?」


 それなりに気遣った発言のつもりだったのだが、リベルには伝わり切らなかったらしい。


「あー……、うん。外に出ようってだけ。何でもない」


 モネはいつも耳にかけていた髪をそそくさと下ろす。ついでリベルの手を引いてスタートダッシュを切った。


「なんだよ!?」


 まったく意図を図りかねるリベルだが、走るのは嫌いではないため、その顔には笑みが浮かんでいる。二人はそのままの勢いで階を下り、グラウンドに飛び出る。そのころにはもう息も切れて両ひざに手をつくことになった。


 バクバクと鳴る心臓と呼吸にだけ集中し、聞こえる音はそれだけとなる。とても静かだ。段々と開けてくる。そのうちいち早く耳に飛び込んできたのは、音楽であった。とても軽やかな音楽である。疲れていても自然と体が動いてしまう。


 リベルは、ふらっとその漏れ聞こえる方へと足を向ける。一階の講堂だ。三つの教室をぶち抜いたくらいの広さだった。真ん中に四、五人の若者が楽器やマイクを手に取り、奏でている。その周りをたくさんの聴衆が取り囲み、音楽に乗って腕を振ったり跳んだりしている。


「モネ、あれはなんだ?すごい楽しそうだ」


「あれは、軽音じゃないかな。真ん中でやっているのはバンドっていうね」


「あの中、参加してみたい」


「ええー、私は嫌かな。すごいよあれ。密度が。えげつないよ。むりむり」


「じゃあぼく一人で行くからいい」


 すたすたと歩いて行ってしまうリベルを最初は見送るだけのつもりであったモネだが、思い直して呼び止める。


「リベルー!良いこと思いついたから戻っておいで!」


「良いことってー?」


 リベルは素直には戻ってこない。まだ用があるならそっちが来いと言わんばかりだ。我ながら図太く育ったものである。まだぬぐい切れなかった額の汗を払い、一つため息をしてモネは近寄る。


「さっき、私もさすがにちょーっと気になって、あの教室の窓に近づいてみたんだ。そしたら窓が開いてたからさ、わざわざ教室に正規の方法でもって入らなくてもいいんだよってこと」


「はぁ?ぼくは参加してみたいって言ったんだけど」


「いやまぁ、そうだね。そうだけど、一旦さ、私の言った方法で覗いてみようよ。損をしないと思うよ」


「なんだよ、損って」


「まぁまぁ。とにかくほら」


 もう強引にその手を引いて窓際に寄っていく。そして窓を一応の遠慮をして半分ほど開く。音はすっかりクリアになった。歓声に見え隠れしていた楽器や歌声もばっちりだ。


 しばらく聴く。


 最初はノリノリであったリベルの顔は能面のごとく動かなくなってしまった。その様子をモネはつまらなさそうに眺め、仕方なしと首を振って話しかける。


「ど?あの中、参加したい?」


「いや、あんまり。たぶん楽しめるは楽しめるんだけど」


「そうだよね。なんかさ。全部が全部そうじゃないのは分かっているんだけど、最近盛り上がっている曲っていうのはさ、大抵ノリがいいだけで歌詞を注意深く聞いてみると内容がなかったりする……と思っちゃうんだよね。

 なんかこういうのはちょっと恥ずかしいけど、精神をがっしりと掴んで離さず、さらには強烈に揺さぶってくるようなところがないから、なんだか聞いていても空虚になるっていうかね。ただ人間の精神の波長と同じくして、同調・増幅させるだけの感情のレンタルショップ……」


 またモネはサッサッと耳にかけ直した髪を下す。


「確かに。なんだか、今これを聞いていると楽しい気分になるけど、いざ〝自分のもの〟かって言うと、違う気がするな」


「うん。……だよね。まぁ、私が言ったような音楽であったとしても外部的要因だから、〝自分のもの〟とは言い切れないのは確かなんだけど、それはそれで自己の発展可能性を植え付けるところで違う。それからどんな大きさ、小ささ、綺麗さ、もしくは醜さのある花を咲かせるかは本人の腕次第だし、望み次第。どんな果実をつけるかもね」


「まぁ、そうだな?」


「分かってないよね」


 リベルはここ一番で自信満々に頷いてくれる。


「よくわからん!」


「はぁ」


「でも、そうだな。精神=身体なのか、精神≠身体なのか。精神……心に訴えかけてくるものがない芸術っていうのは、実際のところ、芸術って言えるのか?」


「さぁ、どうだろうね。身体を精神のガワとしてみるなら、後者なんじゃない?それがきっとこの神美派の感覚と重なるところではあるはずだよ。どんなものが芸術といえるのかって議論は果てしなく難しいことだけど、私は金の秤ノ守として、こういったものは〝芸術〟というような大仰なカテゴライズはしないかな。だってなんか高尚に感じちゃうもんね。手が伸びづらいでしょ?」

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