体美派Ⅴ—プール—Ⅱ

 クロールで往復できるようになり、疲労と達成感に浸りつつプールサイドに二人並んで座っていると、甲高いホイッスルとともに音楽隊が入ってきた。整列、一礼をしたのち演奏を始める。金管楽器がメインで小太鼓大太鼓が支える形らしい。立て続けに三曲を終えると、ホイッスルを鳴らしていた精悍な顔つきの男が進み出、また一礼をする。


「体美派としてこのプールにて美の価値への尽力を賜っている皆様、大変申し訳ないのですが、日に四回の水の入れ替えの時間になりましたので、プールから上がっていただき、しばらくの間のご利用をお控え願います。入れ替えの時間はおよそ一時間半となっておりますので、それまでどうかご辛抱ください。ですが入れ替え完了までこちらで演奏会を実施させていただくのでご興味があればぜひお聴きいただけると嬉しいです。それでは参ります」


 男が戻り、音楽隊は演奏を再開した。利用者は言われた通りにプールから上がるも、その多くは出ていくということはせずに聴き入っていた。水面は緩やかだが確実に下がっていく。リベルとモネも次に移る場所をまだ決めていなかったために、しばらく聴いていくことにした。演奏は素晴らしいものであり、巧拙もわからないリベルであってもその口の端を上げるだけの効果を持っていた。そこからさらには体でも乗り始めるリベルであったが、対照的にモネの表情は怪訝になっていった。


「?モネ。どうしたんだ。あの演奏、聞いてて楽しくならないのか」


 モネは流し目でリベルを捉える。鼻で大きく息を吐き、仕方なさそうに笑みを浮かべる。


「別に。何でもないよ。本当に愉快ではあるとは思ってるし」


「おお!そう……だよな!」


 イマイチ釈然としない言い回しでリベルは同調しきっていいか逡巡があったが、ゴリ押しておくことにした。それでもなんだか重い空気を感じ、別の話題を探してみる。モネの裾を引っ張る。


「なぁ。この水ってどこに行くんだ?こんないっぱいあるのに飲まずに捨てるなんてもったいないんじゃないか」


 心底驚いたようで、雲は一気に晴れた。


「ええ!?こんな水飲むわけないでしょ!?誰のとも知れない汗が混じってるんだよ!?」


「そうなのか?ぱっと見ではただの水のまんまなのに」


「いやいや無理無理。たとえ蒸溜したとしても私は飲みたくないね」


「分かったよ。それで、水はどこに行くんだ」


「あー、水ね。この水は配水管を通って外部で廃棄されるよ」


「外部?」


「そ、外部。話してもいいけど、ここじゃちょっとね。宿に戻ったときに覚えてたら教えてあげる。そ・れ・よ・り・もそろそろだよ」


 背中をたたかれ、プールに視線が誘導される。いつの間にか入ってきていた清掃員がブラシで中を洗浄し終え、操作盤をいじると四つ角の石像たちから水が供給され始めた。獅子はたてがみから、蛇は口から細く、鷲は翼から、象は鼻から放水している。特に象はその鼻が天へと向かっているために、空に虹を描いていた。


「おお。きれいだな」


「でしょー。これは見せてもきっと損はないと思ってたんだよ」


 そのまま眺め続ける。演奏もまだ続いている。もう少し、もう少しとリベルは目を開けようと必死だったが、抵抗むなしく、舟を漕ぐ手は止まってしまった。その、まだまだ子供らしい様を見て愛らしさを覚えたのか、モネが頭を一撫でする。またしばらくそのまま過ごしたが、演奏が終われば人間の動きが増えることを予見し、リベルの頭を今度はタシッとはたき起こす。


「もう泳げるようになったし、混んじゃう前に出ちゃおうっか」


 リベルは眼をこすりながら欠伸してよろよろと立ち上がり首肯する。

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