美の価値域ー入ーⅡ

 美の価値域は活気に満ちていた。


 入ってすぐに商店が軒を連ねる通りがあり、画材屋、絵画商、美容院、ジムなどなどがある。もちろん、食料も売っている。


 建物はそれぞれにテーマ性を感じるが、総体的にはごちゃごちゃだ。遠くまで視線を飛ばせば、区画ごとに分けてはいるらしいが区画内ですでに違和が生じている。木組みの家もあれば、コンクリートの家もある。豪華絢爛なものもあれば、簡素極まる白と黒だけのものある。


 まずは食料店を見ることにしたようだ。リベルが尋ねる。


「食料は次までに必要なものだからまだいらないんじゃないか」


 トマトやリンゴ、キャベツなんかを手に取りながらモネが答える。


「んー、しばらくここに滞在するからね。食べ物がどんな感じか確認しとかないと。外に残してきたあいつらに確保してもらっていちいち取りに行かなくちゃいけないのは手間でしょ」


 他の商品も一通り確認した。モネのお眼鏡に適ったらしい。あれこれ見た挙句何も買わないのはよくないからと、フランスパンを買った。半分にちぎったのをリベルに渡す顔は笑顔だ。


「いやー、よかったよかった。当然といえばそうだけど、やっぱり美にこだわってるだけあるね。並んでる商品はどれも形も大きさも均一だし、色艶もいい。これは食に困るとしてもここを出る時だけだね。お、味もいい」


 通りを抜けると、途端に閑静になった。


 大きな広場だ。真ん中には噴水があり、周りの縁をベンチ代わりに人々が座る。距離を取ってその風景を絵に落とし込む者もいたし、上半身裸で何やらポーズをとっている男もいた。実に奇怪である。


 リベルがあちこちを見て回っている中、モネは案内板に向かった。指をさし、周辺地図を把握する。そしてお目当てを見つけたらしい。リベルを捕まえる。


「なんだよ、急に」


「今から宿を確保するよ。君にとってもいい話だよー。ふっかふかの温かいベッドってものを教えてあげる」


「なんだよそれ気になるな」


 モネはリベルを連れ、宿のある地域へ歩を進める。道中、「美は精神にこそあり、それは芸術に顕れるのです。初心者大歓迎彫刻教室」「美はその肉体に備わっている!そうだ、ジム行こう」などといったポスターを見つけた。モネに言うと、「今はそんなのはいいの。早くベッドに行きたい」と即一蹴されてしまった。


 さらにいくらか歩くと白亜の城のような建物を見つける。リベルが「ここ、ここがいい。なんかすごそうだぞ」というと、モネは苦い顔をして「そんなお金はないの」と言って拒否された。またまた少し歩くと、荘厳な彫刻を金枠の玄関上に抱える、重厚な雰囲気の宿を見つけた。温泉もあるらしい。モネは即決した。


 チェックインのため受付にモネが立つ。必要事項を埋め、あとは支払いだけだ。モネは食料店同様カネを払った。受付は受取り、部屋のキーを渡してくる。キーチェーンの部分で鍵を回しながらやってくるモネにリベルが問う。


「モネがやってる間、他のやつを見てたんだけど、支払いで絵を渡してた。カネじゃなくていいのか?」


「ま、ここは美の価値域だからね。美の価値対象であるものなら、それと同等以上の価値でもって交換できるんだよ。他の価値域でもそう、その価値域で価値とされているもの同士で交換可能なの。ただおカネは別よ。おカネはね、どの価値域でも交換が認められているの」


「それじゃあ、もう」


「シッ」


 リベルは口をふさがれてしまった。そのまま喋ろうとふごふごしていると客の注目を集めたため、モネはリベルを連れ一目散に部屋に飛び込んだ。乱れた息を整えるモネに聞く。


「なんでそんなに急ぐ必要があるんだ」


「君ねぇ」


 モネは腰に手を当て怒り半分、呆れ半分といった感じだ。


「仕方ないけどさ!教えてなかったから!でもね、これからはおカネの普遍価値性については喋らないこと」


「普遍……なんだって?」


「おカネの普遍価値性ね!おカネはどの価値域でも価値の交換に使える。その点においてどの価値域の最高価値もおカネに変換可能であるといえる。そしてどの価値にも変換可能というのであれば、おカネさえあればいいということになる」


「ああ、言いたかったことと大体同じだ。でもなんで言っちゃダメなんだ?」


 意気消沈し、モネはもう呆れしかなくなった。


「この世界は、秤ノ守主導のもと、価値域を拡大し、自らの価値を至上にしようとしている。価値域の……もう面倒だから値域民とするわね。値域民もその目的を成就させようと必死。この、美の値域民も例に漏れない。さっき下にいた客も少なくとも美の値域民であるし、そうでない人間もいたかもしれないけど、そんな中でおカネさえあればいいじゃないかって言ってみなさい?みんな目の色変えてやってくるわよ。それが例えば正義や悪の値域民だったら何をされるか分かったものじゃないからね。絶対に言っちゃダメだから。もうこの際、私の価値域でもダメ。わかった?」


 リベルはモネの真剣な表情から素直に従うことを示すため、こくこくと頷いて見せた。了解してくれたらしい、大きく伸びをしモネが次の話題に移る。


「さて、今後の動きのため、君にもこの価値域での目的を言っておくね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る