4章 いつか勇者は英雄になる

第54話 魔王を倒しに行って来るね

 ネネちゃんと出会って15年の月日が経っていた。

 この15年の月日はあまりにも早すぎた。

 怒涛のように時間は流れていった。


 今晩お母さんとお父さんに話がある、とネネちゃんに言われた時から色々と覚悟はしていた。


 ネネちゃんのパーティメンバーが夜になれば家に来る、と聞いていてから美子さんはご馳走を作っている。


 美子さんと俺はネネちゃんが何の話をするのか察しているのに、そのことには触れずに夜が来るまで忙しくしていた。


 晩御飯前にネネちゃんがパーティを組んでいるユキリンとクロスと一緒に家に帰って来た。

「こんばんは」とユキリンが軽く挨拶する。俺達は「いらっしゃい」と言った。

 

 ユキリンは数年前に自分で持って来た椅子に座った。

「パパさん、私何歳になったと思う?」

「30か?」

「30よ」とユキリンが目を大きくして言う。

「マジで、もう日本に帰れん。帰っても無職、就職経験も無い、独身、ヤバない?」

「そんなにヤバくないよ。生きていたら、何とかなるよ」と俺が言う。

「無理だって。ママさんビール」

 とユキリン。

「俺が持って来る」と俺が言う。

 そして席に座ったクロスを見る。

「クロスは?」

「いただきます」とクロスが頭を下げた。

「ずるい。私も」とネネちゃんが言う。

「お酒は20歳になってから」と俺が言う。

「そうよ。お酒は20歳になってからよ」とユキリンが言う。

「どこのルールよ? 16歳で飲酒は認められてるんですけど」

「まだ16歳にもなってないでしょ」とユキリン。


 俺はビールを取りに行く。

 キッチンにいる美子さんを見ると目を真っ赤にしていた。

 俺は軽く彼女の肩を叩いた。

 そして樽に入ったビールに似たお酒を小さな樽のようなコップに3つ入れた。


「料理できたし、私も行くわ」と美子さんが言った。

「ご飯を食べる前に先に話を聞きましょう」


 ユキリンにビールを渡す。

「あざーす」と彼女が言った。

 クロスにビールを渡す。

 ポクリと彼は頷き、「ありがとうございます」と言った。


「また、一段と体格が良くなったか?」

 と俺はクロスに尋ねた。

 彼は自分の腕を見て、「はい」と頷いた。

は弱いので、少しでも強くなるために必死なんです」とクロスが言う。


 俺はクロスの顔を見た。20代の半ばを越した彼の顔は凛々しく、10年前とは考えられないぐらいにガタイも大きくなっていた。

 彼はサリバン軍との戦いの後、騎士団を辞めて、ユキリンと共に行動をしていた。


「謙遜するなって。クロスちゃんは十分に強いって」とユキリンが言う。


「勇者の盾には、まだまだ私は力不足です」とクロスが言う。


 喋り方や立ち振る舞い、それにクロスが放つオーラで、色んな経験をして強くなっている事はわかった。


「勇者が2人もいるんだから盾役は2倍頑張らないといけないもんね」とユキリンが笑う。


 美子さんはお茶を2つ持ってやって来た。1つはネネちゃんに、1つは自分の前に置いて俺の隣に美子さんが座った。


 みんなが集まったことで少しの沈黙。

 誰か話をはじめるのか、牽制しているようだった。


「話があるんでしょう?」

 と言ったのは、美子さんだった。


 ネネちゃんが俺と美子さんを見た。

 15歳になった彼女の目は好奇心で溢れている。

 長くなった髪はポニーテールに結び、口角が上がっていた。

 その顔は10年前にサリバン軍が襲って来た時に見た英雄の顔に近づいていた。


「お母さん、お父さん、私」と彼女が言った。

 親が冒険に旅立つ子どものブレーキにならないように、テーブルの下で拳を握って娘の話の続きを聞いた。


「魔王を倒しに行って来るね」

 とネネちゃんがエクボを作って笑顔で言った。


 俺は息を止めた。苦しくて酸素が吸えない。


「そんなこと」と美子さんが笑う。

「行ってらっしゃい」と美子さんが言う。

「ご飯できてるから、持って来るわね」

 妻がキッチンに行く。

「俺も手伝うよ」と俺は言って席を立った。


「言ったでしょ。大丈夫だって」とユキリンの声がする。

「止められるかと思った」とネネちゃんが言った。


 美子さんはキッチンで立って、3人から見えないところで泣いていた。

 俺は妻を抱きしめた。

 この日が来るのが、どれだけイヤだったか。

 ネネちゃんが家からいなくなる。

 

 俺達がいないところにネネちゃんが行ってしまう。

 冒険に旅立って、悲しくて泣いたりすることはないのか? 憤りを感じて怒ったりしないのか? 苦しい思いをしないのか? 怪我はしないのか? 死んだりしないのか?

 色んな不安があって、本当は冒険に旅立ってほしくはない。


 だけど彼女には才能がある。信頼できる仲間がいる。好奇心がある。冒険をして、色んなことを経験して、成長するんだ。

 そのブレーキに親がなってはいけない。


 ネネちゃんが12歳でユキリンのパーティメンバーになり、近隣の強敵を倒しに行くようになってから、この日が来る事はわかっていた。

 ユキリンは、クロスを育て直し、ネネちゃんが育つまで魔王を倒しに行くのを待っていたのだ。


 だから俺達は、どんな時に旅立つことを告げられても彼女達を止めないでいよう、と決めていた。

 どんな事があっても応援してあげよう、と決めていた。


 だけど、いざ旅立つことを告げられると辛かった。


 美子さんが俺の胸で泣き止み、「ご飯持って行きましょう」と言って、涙を拭いた。

 

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