第16話 ステータス画面が発動できるようになりました
俺が草むらに隠れていることを認識してオークが近づいて来た。
匂いでバレた?
ヤバい。
手を伸ばせばオークの足が届く距離だった。
逃げ切れるイメージができない。
心臓の音がドクンドクンと鳴った。
死ぬかもしれない、と思った瞬間に冷や汗が身体中から流れる。
家には妻と娘が待っているのだ。どんな事があっても家に帰らなくてはいけなかった。
俺は魔力を手に溜めた。
やられる前にやる。
「ウインドブレード」
俺は立ち上がり、スキルを叫んだ。
射程距離が短いものの、殺傷能力があるスキルだった。
この距離ならオークの首が切れる、と判断した。いや、お願いだからオークの首が切れますように、という願いを込めてスキルを出した。
風の刃はオークの首に直撃した。
だけどオークの首には掠り傷が出来ただけだった。
攻撃したはずなのに、何もなかったように醜い豚はヨダレを垂らして俺を見下ろしている。
レベルが違う。
ゲームの序盤にいるけど倒すことができないボスクラスの敵だった。
俺は判断を間違えたんだろうか? 逃げるべきだったんだろうか?
もしかしたら俺はオークに見つかった時点で詰んでいたのかもしれない。
美子さんの顔が頭に浮かんだ。ネネちゃんの顔が頭に浮かんだ。
俺は2人がいる家に帰らないといけなかった。だけど俺のスキルではオークを倒すことができない。
「無理だ」と俺は呟いた。
これから醜悪な豚に殺される。おしっこを漏らしてしまいそうだった。
オークはプシューと大きな鼻息を出した。
逃げなきゃ、と俺は思った。
生きて家に帰らなくてはいけない。
俺はオークを背にして走ろうとした。
だけど逃してくれなかった。
醜悪な魔物が俺の腕を掴んだ。
「ぎゃー」と俺は叫んだ。
掴まれた腕の骨がぐちゃぐちゃに折れたのだ。
ただただ帰りたかった。
俺がいなくなったら美子さんは大変だろう。どうやって生きて行くんだろうか? 美子さんの悲しむ顔が頭に浮かんだ。
それにネネちゃんはパパを知らないで大きくなってしまう。
帰らなくちゃ。
俺は家に帰って、赤ちゃんのミルク臭い匂いを嗅がなくちゃいけないのだ。
帰らなくちゃ。
帰らなくちゃ。
帰らなくちゃ。
オークが汚くて大きな口を開けた。俺を食べる気なんだろう。
「ウインドブレード」と俺は叫んだ。
風の刃は俺の腕を切った。
俺はオークに捕まれていた腕を切り離したのだ。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
血が溢れ出している。
帰らなくちゃ。
痛い。
『3つの条件がクリアしたので【パパは戦士】の称号が与えられます』
と脳内で声が聞こえた。
初めて聞く女性のような機械的な声だった。
だけど俺はそれどころではなかった。
腕を切り落としてオークから逃げようとしていた。
オークが
このままでは捕まる。
『【パパは戦士】の称号を獲得したことで、パッシブスキル【愛情】【忍耐と柔軟性】【家事】【サポーター】【経済力】が手に入りました』
オークの手が俺を掴もうとした。
だけどギリギリのところで逃れた。
俺の体に変化が起きていた。
体がさっきよりも軽かった。
『ステータス画面が発動できるようになりました』
と女性のような声が脳内に響く。
俺は脳内に響く声を聞きながら走った。
ドシドシ、と後ろからオークが追いかけて来ている。
走りながら俺は腰につけた巾着に手を突っ込んで団子を掴んだ。
そして口に入れた。
切り落としたはずの手が復元していく。
逃げ切れる、と俺は思った。
家に帰ることができる。また美子さんやネネちゃんに会うことができるのだ。
俺は必死に走った。
醜悪な豚が二本足でドドドドドと俺を追いかけて来ていた。
オークは足を止めた。
魔物が俺を餌にすることを諦めらしい。
オークは方向転換をして、別の方向に向かって走り始めた。
ドドドドド、とオークが走って遠くに離れて行く。
「助けてくれ」
どこかで誰かの叫び声が聞こえた。
俺は足を止めて、オークが向かった先を見た。
4人の冒険者パーティが別のオークと戦っていた。
冒険者パーティが戦っているオークのことを仮にオークBと呼ぶ。
俺を追いかけていたのを仮にオークAと呼ぶ。
冒険者パーティは劣勢で、誰かの肉片が飛び散っていた。
もしかしたら、さっきまで5人か6人パーティだったのかもしれない。
1人の冒険者がオークBに頭を鷲掴みにされていた。
そして「助けてくれ」と仲間に向かって叫んでいた。
いやいやいや助けられへんがな、と仲間も後退っている。
有名なヤンキーに絡まれた小学生みたいになっている。
そこにオークAが走って向かっている。
このまま逃げたら俺は助かる。
俺には家族がいる。
家族は俺の帰りを待っているのだ。
だから絶対に死ねないのだ。
絶対に勇者を気取るな、と心の中で念じた。
俺は弱い日本人である。
毎日せっせと冒険者稼業をして家族が生活するだけの金額を稼ぐのがやっとなのだ。
俺に誰かを助ける力は無い。
だけど俺は、そこから逃げることが出来なかった。
もしかしたら彼等を助けることが出来るスキルがあるかもしれない。そう思って俺はステータス画面を開いた。
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