第12話 そしてパパになる
馬車が揺れている。
ネネちゃんがミルクを飲み終わった。
「抱っこさせて」と俺は言って、割れ物より慎重に赤ちゃんを美子さんの腕から受け取った。
ネネちゃんは不思議そうに当たりを見渡していた。
赤ちゃんは使いなれていない手を動作確認のように動かしていた。
「虫みたいな動きでしょ」
と美子さんが言った。
虫みたいな動き? 規則性というか、動きに意味がないのが虫っぽいのかな。
クシュン、とネネちゃんがこの世で1番可愛らしいクシャミをした。
「可愛い」と俺は呟いた。
ネネちゃんが生きてて良かった、と俺は思った。ネネちゃんが危険な目に合わなくて良かった、と俺は思った。
俺は初めて人を殺した。助けて、ともがいて苦しむ黒コゲになっていく人間の姿が脳裏に焼きついている。
だけどネネちゃんを守るためなら俺は人を殺すだろう。地獄にだって行くだろう。
ネネちゃんが死ぬのを想像しただけで、俺も死にそうだった。
そうか、と俺は思った。
この子は俺の命よりも何百倍も何千倍も何億倍も大切なのだ。
俺はこの子のためなら簡単に死ねる。俺はこの子のためなら簡単に人殺しになれる。
「美子さん」と俺は言う。「どうやら俺はパパになったみたい」
俺は笑った。
自分よりも大切なモノが出来て、嬉しくて、怖くて、色んな感情がごちゃごちゃになって、笑った。
「何を言ってるのよ。もう淳君はパパじゃない」と美子さんが言う。
ハハハハ、と俺は笑いながら、世界で一番大切なモノを見つめた。ネネちゃんは俺のことを見つめている。
胸がキュンと痛くなるぐらいにネネちゃんのことが大切で大事で、ネネちゃんが俺と出会ってくれたことや、ネネちゃんが産まれて来てくれたことへの感謝の気持ちが急に溢れ出して、俺は笑いながらボロボロと泣いてしまった。
俺はこの子のためなら、何でも出来る。
俺はパパになったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます