第31話 何かいる
自販機から階段に向かって走る。でも思い出しちゃった。トイレに行きたかったのを。我慢してとりあえず3階まで戻りたかった。この1階のトイレには何故か入りたくなかったから。
『もう無理だよ。絶対に無理』
だって階段を降りてくる前からトイレに行きたかったんだもの。でももう1秒も我慢できないほど催していた。
自販機から戻ると階段の手前に職員と来客共用のトイレがある。向かって右側が女性用で左側が男性用だ。
暗闇に支配されている1階のフロア。その中でも特にトイレの辺りは闇が深く濃くそして重くドロリと淀んでいる。そんな気がした。もちろん気のせいだとは思うが・・・・・
左手に山田のコーヒーを握り、その同じ左腕でミネラルウォーターを抱え込んでいる。空いている右手で女性用トイレのドアに触れた。
ただ押せば開く入口のドアが押せない。トイレの中のドロリと濃く重い闇のせいだろうか?日中は軽く押せば簡単に開くドアのはずなのに。
怯えている心の力を込めてドアを押す。少し開きかけた時、男性用トイレの方で何かの音が聞こえた。いや聞こえたような気がしただけなのかもしれない。
まるでウサギのように耳を精一杯伸ばして闇の中の気配を探る。怖いのに、怖くてしょうがないのに、膝が少し震えているのに。
「バチッ、バチッ」
電気がショートしたような音が確かに聞こえた。男子用トイレの中から。間違いなく今、聞こえた・・・・・
早くトイレに行きたいのに。早く用を済ませて明るい場所に戻りたいのに。
事務室に戻って山田に報告して確認してもらえばいいのだが、そんな余裕がない。恥ずかしいがもう漏れそうだった。
それなのに、それなのに・・・・・
男性用トイレが気になって、
怖いよ、死んじゃうくらい怖いのに、
たぶん何かが男性用トイレの中にいる。間違いなく何かいる。人間じゃないものが。
我慢できないなら、女性トイレに飛び込んで用を済ませて、走って3階まで戻ればいいのだが、となりの男性用トイレに何かがいたら、女性用トイレにいる自分を襲いに来る。
だから何がいるのか確認しなくちゃ、トイレで用を足せはしない。おかしな話だが、そのことだけが頭の中をいっぱいにしていた。
震える右手で男性用トイレの入口のドアを押す。こちらは女性用のドアと異なり、まるで誘っているように軽く開いた。
初めて覗く男性用トイレの中、向かって左側に4つの小便器、右側が3つの個室が並んでいる。一番奥の個室のドアだけが、少し開いて牧野を誘う。
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