11 将棋部を作ろう

 新学期が始まった。新学期初日、登坂さんが教室に現れて、クラスのやつらはいささかざわついた。

 別に留年していたりするわけじゃないのに、教室に現れただけでざわつくとは失礼なやつらだ。民度が低いにもほどがあるぞ。登坂さんは居心地の悪そうな顔をしながら、なにやら書店のブックカバーのかかった本をめくっていた。おそらく棋書だろう。


 担任の先生が入ってきた。ヒラメ顔の沖田先生だ。その名前と風貌から心の中でずっと「新撰組」と呼んでいるのだが、おそらくクラスの連中は新撰組と赤穂浪士の区別がつかないだろうし、とりあえず黙っている。


 バカ高らしい諸注意ののち、課題の提出をして、校内放送で全校集会ということになった。教室のテレビに校長先生が映し出され、やっぱりバカ高らしい諸注意と、新学期は真面目にやるように、という話をした。

 クラスの何割が、真面目に聞いていたのだろう。とにかくこれできょうはおしまいだ。


 登坂さんに「きょうもフードコートで指す?」とメッセージを送った。

 少しして登坂さんから、「構わないけど、たぶんフードコートこの学校の連中で混雑するよ」という返事が来た。

 それはノーサンキューである。とりあえずどこか別の場所を探さねばとなり、結局学校の図書室に集合することになった。


 学校の図書室ではおばさんの司書教諭さんが退屈そうな顔をしていて、本はどれも、だれも借りないからか真新しい。オカルト雑誌や絵本の雑誌など、雑誌のラインナップは僕の通っていた中学の図書室と変わらない。


「マドノくん、あのさ……この学校って元からあの民度?」


「たぶん。僕も夏休み前に突き指面白がられたし」


「そっか……居心地のよくないとこだね」

 登坂さんはため息をついた。


「思うんだけどさ、将棋部作ったらどうだろう」


「……はい?」


 登坂さんはポカンとした。

 夏休みの間考えていたのだが、将棋部があれば堂々と将棋を指せるのではないだろうか。それを説明すると、


「いや、部活旗揚げって少女漫画じゃないんだから」

 と冷静につっこまれた。


「できないことはないんじゃないの? 校則確認したけどできそうだよ」


「でもこういう、停滞していることをよしとする学校で新しい部活作るって歓迎されないんじゃないの? だいいち部員が集まらないでしょ、わたしとマドノくんしかいないよ」


「そうかな」


「そうだよ、バカ高だもん。あの民度の低さじゃ二歩して負けてぶちまけ投了やらかすのが目に見えてる」


 それは確かにそうかもしれない。民度が低いのは間違いないことだ。


「1年生のとき、かろうじて友達がいてさ」


「友達?」


「うん。わたしと似たような事情でここに来た子。同じクラスでけっこう気の合う子だったんだけど、その子はドールさんが好きでさ」


「ドール?」


「なんていうかねえ……すごくかわいいお人形さん。写真見せてもらったけど、すごく大事にしてるのが伝わる感じ」


「……もしかして、クラスの連中、それを気持ち悪いとか言ったの?」


「そりゃもう、気持ち悪い、よりひどくて『キモい』『キショい』って感じ。それでその子、学校に来なくなって……少しして隣町の定時制に移っちゃった。あいつら人の趣味バカにするのが特技だから、将棋部なんて作ったらぜったいに根暗呼ばわりされるよ。まあわたしはもともと根暗だけど」


 登坂さんは天を仰いだ。負けかけの棋士みたいな顔だ。


「他人の趣味を気持ち悪がるって、なんの権利があってそんな……」


「知らなーい。ここの連中は他人を尊重しようって気がないんだよ。もともとのセルフイメージも低いんじゃない?」


 登坂さんはそこまで言うと、ニヒヒと笑って、


「でも学校で堂々と将棋指せたらきっと楽しいね」

 と、笑顔になった。


 というわけで2人して職員室に向かう。いつものハゲ頭数学教師が近くにいたので、かくかくしかじか、と将棋部の話をする。


「メンバーは集まってるのか?」


 登坂さんを頭ごなしに叱ったりしなかったのは、いっぺん論破されたからだろうか。いまのところ2人です、と答えると、数学教師はハゲ頭を光らせて、


「じゃあ3人になるまでは同好会という扱いになって、活動費用は実費だけど、それでもいいか?」

 と尋ねてきた。なかなかの好感触である。


「構いません。棋書なら家にいっぱいあります」


「登坂、親御さんが将棋好きとかなのか?」


「いえ。わたしが好きなんです。アマチュア段位持ってます」


 数学教師は頭をテラテラ光らせながら、


「アマ段位……?!」

 と絶句した。とにかくこれで将棋同好会が出来上がった。数学教師が顧問を引き受けてくれたので、とりあえず「谷村先生」と正式名称でで呼ぶことにした。


 谷村先生はもう定年を迎えていて、非常勤でときどき数学を教えにくる……という感じらしい。そしてお孫さんと将棋を指すのが好きなようだ。

「非常勤だからあんまり面倒は見られないと思うが……とりあえず活動場所まで行こう」


 というわけで部室棟の空き部屋へと向かう。昔園芸部が使っていたというちょっと埃っぽい部屋が割り当てられた。

 園芸部は人が集まらなくて廃部になったらしい。隣の部室は漫画研究会で、向かいは落語研究会だ。どうやら完全に「ニッチ産業」だと思われているらしい。

 とにかく堂々と将棋を指す場所ができた。なんだかワクワクしてきたぞ。

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