第9話

 その店長は言い放った。


「噂には聞いていたが、お前らは本当にケダモノを人間扱いして軍隊に入れてやがるんだな。臭くて仕方ねぇや!」


 げらげらという店内の他の客の笑い声が、続いて響く。それはイタクラのことを指しているに違いなかった。

 彼の肩は、店内に背を向けたまま震えていた。


「…………いまなんていった?」


 こんなクソみたいなマンガじみた台詞が、よもや自分の口から出てくる日が来るとは思ってもみなかった。


「ケダモノだって言ったんだよ。入れて欲しけりゃそいつは表にでも繋いでおけっての!」


 向き直って凄んたのに少しビビったのか、その店主は援護を求めるように店内に視線を向けた。

 スキンヘッドの大男が、ボキボキと腕の骨を鳴らしながら進み出る。


「政府と軍隊は負けたかも知れないけど俺たちはお前らに負けた覚えなんかねえんだよ!まあどうしてもってなら、お前だけは入れてやってもいいぜ。」


 カナザワを下卑た目で見てへらへらと笑う。いくら彼女の素性を知らぬからといって、よりにもよって、だ。


 ふんふーん、と鼻を鳴らし、カナザワは貼り付けたような笑顔で、おもむろにオリーブドラブ色の作業服のズボンのベルトをガチャガチャと外し始めた。


「何のつもりだ、この女。」

「サル女だ。頭のネジが外れてんじゃねえのか」


 わずかに困惑しつつも、男たちは顔を見合わせて嘲笑する。


「こんなところでストリップか?まあ俺たちのペニスの方が民国人のポークビッツより……ひっ!」


 精一杯イキリちらかしたであろう台詞は、

 ぱさりと音を立ててズボンが床に落ちると同時に

 小さい悲鳴にとってかわられた。


 東陽民国軍の砲兵隊の、その威力を誇る203ミリ榴弾砲と比べてもひけをとらぬ巨砲がカナザワの股間にはそそり立っていた。


 薄ら笑いを浮かべて店の奥でなりゆきを見つめていた女店員がかっと目を見開いて仰向けに倒れて気絶する。


「ふたなりだ……」

「化け物だ……」


 合衆王国では、一応差別を禁ずる法律があるそうだが、獣耳にもふたなりにも事実上、人権がないといってよかった。


「私だけならオッケーなの?でもあんたたち揃いも揃ってちっちゃそうだしねえ……」


 カナザワは底の知れぬ笑みを浮かべた。


「けっ……汚らわしい!お前ら全員バケモンだ!ケダモノだ!畜生だ!出てけ!出ていけよッ!」


 店主は真っ赤な顔で叫んだ。


「言われなくたって出てくわよ。こんなクソな店。行こ、二人とも。」


 ズボンを上げて、吐き捨てるように言う。カナザワのナニがもたらすインパクトは、ヨシカワとイタクラの頭をも多少冷やしていた。


「ああ。」

「わかった。」


 かくて三人はきびすを返し、店を後に……


「よう坊主。騒ぎみたいだがどうした?」


 恐らく、実戦経験のある部隊なのだろう。四人の屈強な民国軍の兵士がそこに立っていた。素手でも強そうだが、全員が使い込まれた98式小銃を構えていた。たたき込まれている弾倉は、おそらく空包ではあるまい。


 ――ヨシカワもイタクラもカナザワも告げ口したがる趣味などはない。だが、ここで“別に”とか“何でもないです”と答えたら、恐らくは騒ぎを聞きつけて加勢にきたのであろうこの兵士たちの不興を大なり小なり買うだろう。


 ――そういうリスクをしょってまでこのクソな店を庇ってやる義理など、まったくなかった。


「ほーーーーーーお、そうかそうか。そりゃ興味深いな。」

「ウッス!そういうのってサベツじゃねえんすかね。」


 事情を聞くや、全身から殺気と嗜虐的な空気を発散させて四人の兵士――

 先頭の一人は曹長の階級章を付けている――が


 ずかずかと店内に押し入る。それぞれの小銃から金属音がする。安全装置を外す音だ。


 真っ赤な顔でヒステリックに怒鳴っていた店長は、今見たら真っ青な顔に変わっていた。


「一曹、このしょぼい店はどういう店なんだろな。」

「ウッス!何すかねえ。アレっすね。シューティングレンジって奴じゃないっすか?」

「なるほど、要するに射的だな。よし!」


 民国軍兵士が親の声の次によく聞いている98式小銃の銃声が響いた。東陽民国ではあまり見られない3リットルペットボトルのコーラ――敗戦国の合衆民国としてはおそらくなけなしの一本だったのだろう。棚にあるのはこれっきりだ――が中身を撒き散らしながら吹っ飛ぶ。


「今のは何点だ!」

「ウッス!100点っス!」

「いいぞ!お前らもやってみろ!」


 スナック菓子が、合衆王国陸軍の戦車のプラモデルが、硬そうな黒パンが、瓶詰めのピクルスが、乱舞する6.5ミリ弾に次々と穴をうがたれ、ブッ飛び、中身を床にぶちまけていく。


 店員の一人が、カナザワの“榴弾砲”を目撃して気絶した女性の同僚を背負って、素早く脱出していく。


 先ほどヨシカワたちを威嚇したスキンヘッドのエセマッチョはというと、腰が抜けたらしく、尻餅をついたまま引き金が引かれ、店内のいずれかの商品が破壊される度に

“この体からよくこんな高い声が出るな”というような女性的な悲鳴をあげて泣きわめいていた。なんのことはない。相手が若く、二等兵で、なによりも丸腰だったから強く出られていただけだ。


 店長は立ち尽くしていた。堂々としているとかではなく、怯えたりパニックを起こすと立ち尽くすしかできないタイプなのだろう。ガタガタと震えているし、目には涙が浮かんでいた。


 ――5分後。


「こんなところかな、見違えたぜ。めっちゃ今風の店になったんじゃねえか?」


 弾倉を交換しつつ、ゲラゲラと笑いながらいう。


「ウッス!サイコーッス!」

「観光スポットになりますぜこりゃあ!」


 四人の兵士による射撃大会の結果、撃ったら引火しそうな菜種油の缶をのぞくすべての製品がダメにされ、店内は変わり果てた光景と化していた。


「………………。」


 ヨシカワたちは押し黙っていた。“こんな店のことなんか知るか。少しは痛い目見ればいい”と思っていたのは確かだが、だからといってここまでの目に遭って欲しかったわけではない。


 そうかといって、この店をこんな変わり果てた姿に追い込んだのは間違いなく自分たちだ。


「何を黙りこくって突っ立ってんだてめえは。」

「ウッス!震えてるみたいっスね。」

「ケッ……」


 その曹長は、銃床で店長の腹をしたたかに打ち付けた。くぐもった声を上げ、ついさっき居丈高な態度だったその店長はあっけなく床に這いつくばらされた。


「まあまずは土下座だろうな。」

「ドゲ……?」


 その店長はえづきながら首をかしげた。土下座なんて、そんな東陽民国独自の風習が理解できるわけもあるまい……。


「DOGEZAは初めてか?まあ力抜けよ。」

「四つん這いになるんだよ!おら膝つけ!」


 強引な土下座――東陽民国の本土でも一時期問題になった。クレーマーなどがコンビニなどで店員にやらせて、警察に捕まり裁判を起こされるアレだ。


「許しを請え許しを!」

「あの、曹長。俺のことならもう別に……」


「あのさあ……イタクラっていうのか?我が軍に獣耳種族もふたなりもお前らだけじゃないんだ。お前はもういいかも知れんが、半端に済ますわけにいくかよ。」


 それは、確かにそうなのだが。強引に土下座させられ、許しの口上を述べさせられている店長を見ているとなんだか背中に氷を入れられたような気分になってしまう。


 やっとカンベンしてもらえそうになったところで

 その店長は上目遣いにヨシカワたちを睨んだ。


“お前が悪いんだろ……”


 俺たちはもともと普通に買い物をしにきただけだ。買われて困る喧嘩なら最初から売りつけなければいいではないか。どうしようもなく覆い被さってくる罪悪感を振り払いつつ、ヨシカワたち三人は心の中でつぶやいた。

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