第5話「進駐してくる兵士たち」

 その日の夕方、兵舎には

 三個小隊――実に100人余りが到着していた。


炊事用具も運び込まれた。

もちろん食べ物も。

これは補給部隊に感謝するしかない。


「151小隊は来たときもう襲われたってマジっすか?」


 にんじんの皮を剥きながら、新しく到着した兵士が傍らのヨシカワに興奮気味に言う。


「ああ。地下の電車の駅を通んなかった?あそこでね」

「すげえな。相手のゲリラも十人とかいて

機関銃持ってたのに全員返り討ちにしたんすよね?」


 どうも尾ひれがついて伝わっているらしい。

だが、そうだよ。すごいだろ?と彼は答えた。


 タマネギをきつね色になるまで炒めているところで、

押し黙って調理していた別の兵士がおずおずと尋ねた。


「銃殺やらされたってほんとですか?」

「うん」

「――その」

「せいぜいゲロ吐いた奴がいたくらいだよ。

 なんてことないって。なにせ相手は撃ってこないんだから」


 彼は微妙にはぐらかした。

自分がとくだん何も感じなかったとは、

なんとなく言いたくなかった。


 ――その日喰ったカレーは美味かった。

 我らが151小隊には喰えない者が多かったが。


 翌週、うちの小隊はいろんなことがありすぎた

先週と違い、平和な数日間を過ごしていた。


 何かあったと言えばせいぜい彼ら以外の三個小隊もそれぞれ順繰りに死刑囚の銃殺を体験させられたのを眺めることくらいだ。ことに222迫撃砲小隊の撃ったのは少年兵だったということであり、夕食後にさかんにゲロを吐いたり、そもそもメシを食えない者が多かった。



「戦闘機だぜ」

「あれは“荒鷲”だな。双発エンジンだから音がすごい。内地から飛んできたんだろ。制圧済みの空軍基地ベースに進駐するんだよ」

「進駐か、いまいち実感がわかねえな」


 朝焼けの中、甲高い音とともに雲を引いて、低空を飛んでいく灰色の翼にそれぞれ感想が漏れる。



「今日はヘリで物資が届く。我々151小隊はヘリの着地点の東側を警戒する。我が小隊にかぎってゲリラの恐ろしさを今更説く必要はないと思う。」

「敵が仕掛けてくるかもしれないということですか?」


 ヨシカワが挙手して言う。


「そうだ。輸送ヘリなど格好の的だし、残念ながらゲリラは我々の居る西海岸首都エリアの各所で活発化している。大陸中央部にいる合衆王国の残党軍から武器援助を受けているようだ」


 プロジェクターにノートパソコンの映像を映して言う。

 首都の地図が表示され、その各所にはゲリラの活動を示す赤い×マークが両手で足りないほど記されている。テントを焼いたりするからだろ。という声がどこかから漏れる。


 それを意図的に無視したマクギフィンがノートPCを閉じ、

 ブリーフィングはお開きとなった。


「実弾を詰めた小銃持つのも何日かぶりだな。――大丈夫かカナザワ」

「あんたに心配されるほど落ちちゃいないわよ……正直まだ少し緊張するけど」


 カナザワが不敵に笑って言う。


「しっかしゲリラか、俺たち戦争には勝ったけど、敵に囲まれてるんだよな」


 なにせ、ついた瞬間に狙われた。

 今にして思うと我々が乗った電車が到着する時間まで含めて知られていたということではないのか。


「――おい、あいつ何してんだ」


 イタクラが正門を指さす。


 歩哨を担当している兵士が門ごしに子供と会話している。金髪に青い目。現地人の少年だ。


 ――三人の中に同時に殺された二等軍曹の姿が思い浮かんだ。


「ちょっと、アンタ何やってんのよ!」



 カナザワが、食ってかかる。ヨシカワはもう一人の歩哨を探した。この仕事はペアでやるのが原則だからだ。


 ――もう一人の歩哨は近くの植え込みでえずいていた。


「申し訳ありません……あの少年を見ていたら

 ……先日撃った少年兵の顔がどうしても――」


 大学生らしい、気の弱そうなその兵士は半泣きで言う。

222迫撃砲小隊の所属だった。


 ――後から思うと、この文系大学生の鋳型のような兵士が門の前にいる少年に抱いた印象は、兵士の第六感ともいうべきものだったのかもしれない。


「わかった。わかったから、うがいしてきなよ」


 イタクラが背中を叩いた。大学生らしい、半泣きの兵士の背中を見送ると三人は向き直った。


「ふん、子供と話してただけだろ」


 その兵士は不穏な空気を察したのか、少年がいつのまにか姿を消したことに舌打ちしつつ、忌々しげに言った。


「悪気じゃないんだろうけどさ。現地人とチャラチャラすんなって通達出てるの知らないワケじゃないでしょ」

「それがどうした。お前ら151小隊か?初日に襲われたか何か知んねえけどてめえらがビビるのは勝手だが、他人の行動にまでケチつけんじゃねえよ」


 同じ二等兵でも、かなり年をくっている(二十代後半くらいだろうか?)そいつは、三白眼でカナザワとヨシカワをにらみつけた。


「な、何よその言い方。こっちはただ」

「もういいよ、わかった。でもあのガキにヘンなこと言ってないっすよね」

「どういう意味だよ」

「決まってるでしょ。何時何分にここにヘリが飛んで来るとかそういうことを言ってねえかってことですよ」


 ヨシカワはじっとその兵士を見つめた。


「うっせえな!サツかてめえら!ヘリが好きなんだっていうから、そうなのか。って答えただけだよ!どこに問題があるってんだ!」


 彼は咄嗟にウソをついた。本当は“そうなのか”だけではなく“そうなのか、ならよかったな”といったのだ。

 ――待っていれば何かがここに飛んでくる、そう言っているのと同じだろう。


 もっともヨシカワたち三人にそれを知るすべはない。

 うさんくさいとは思ったが、それだけだ。


「少尉に報告しようか」

「小隊長は全員集まって中隊長その他

 もろもろ偉い人とミーティング中って言ってたわ。」


 カナザワは去って行く兵士の背中を睨みながら言う。


「だったらマクギフィン三曹はどうだ?」

「うん、言わないよりましだなj。黙ってて俺たちまで怒られたくないし」


 イタクラの言葉に、ヨシカワが頷く。まだ輸送ヘリが飛んでくるまでは、二時間近くある――


「三曹!」

「どうしたおまえたち。持ち場を離れたらダメだろ。今のお前たちは実弾を携行してるんだぞ。自覚をもたないか」

「すみません。でも大至急お話したいことが」


 何かと懐っこく、物事を簡潔に纏めて話すのがうまいカナザワが可愛らしく両手で拝むようなポーズを作って進み出る。


「いったいなんだ。手短に……いや、やっぱり後にしてくれ。」


 ばらばら、という音が、上空から聞こえてくる。その音に三人は視線を交わし、青空に目をこらした。 細長い影が、わずかに見える。


「ヘリが来るまでにはまだ時間があるんじゃ……」

「ああ、ちがうちがう。あれは攻撃ヘリだ。さっき連絡があったんだ。エンジン不調につき、着陸させてくれとな」


 確かに、輸送ヘリとは明らかに形が違う。


「“毒蛇”型の攻撃ヘリだろう。格好いいな」


 と私物らしい双眼鏡を手にした兵士が言うのも聞こえる。


「全員ヘリパッドから離れるんだ。受け入れの準備を――」


 マクギフィンがそういうのと、基地の近くの空き家の窓から、炭酸ジュースの栓を百本同時に抜いたような音とともに、オレンジ色の物体が白い煙を曳いて飛び出すのと同時だった。


「携帯型の対空ミサイルだ!」


 誰かが叫ぶ。

ヘリコプターの天敵とも言うべき兵器ではないか――


「はやくフレアを撒くんだ!」


 双眼鏡を持っている兵士が、

 焦ったように言う。


 フレア――熱探知で接近してくるミサイルをかく乱するための装備だ。攻撃ヘリは身をよじるようにして迫り来る火矢をかわしながら、ホタルのような火の玉を連続して放った。フレアだ。


 ミサイルは逸れたが、それでもヘリにぎりぎりの距離で爆発した。破片が刺さったらしい。ヘリは煙を噴いて落ち始めた。


「いかん、不時着するぞ!みんな逃げろ!」


 マクギフィンが怒鳴り、蜘蛛の子を散らすように兵士たちが逃げていく。みんなオリーブドラブ色の作業服を着ているので、上から見ると本当に虫が逃げるような光景だろうな、とヨシカワは思った。


 カラスのような大きさだったヘリはぐんぐんと大きくなり、やがてほとんど墜落といってもいいような勢いで、細長い機体をひしゃげさせながら着陸した。


「パイロットを助けるんだ!爆発するぞ!」

「消火器持ってこい!合衆王国軍が置いてったのしかない?それでいい!」


 悲劇的な声と、怒号があちこちから響き、基地はパニックと化した。

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