第2話「ア、タ、レ、バ」

皮肉にも爆死した二等軍曹がタワラマチから子供たちを遠ざけた事と何よりも彼自身が盾になった事で、小隊にめだった被害は出なかった。


下手人の少女は二等軍曹と運命をともにしたが、残った数名の子供がバスケットから小さな体に不釣り合いの軍用拳銃を取り出し、手に手に構えはじめる。


「撃て!ゲリラだ!撃っていい!」

「マジかよッ」


マクギフィンの裏返った声に

ヨシカワは床に伏せたまま全身を震わせた

こんなことなら後ろのほうに並んでれば良かった。

と思ってももう遅い。

手にした98式小銃の側面のレバーを操作し、


「ア、タ、レ、バ」


アが安全装置

タが単発射撃

レが連発――

という具合に、それぞれ意味があるのだが正直言ってふざけているようにしか見えない表示のうち、「バ」――――バースト射撃、すなわち一回引き金を引くと二発弾が出る状態にセットする。


タンッという軽い音とともに頭上のタイルの壁に火花が散った。それが、眼前にいるガキが向けた拳銃の弾道が跳ね上がって弾が当たったものだと気付き、血の気が引く感覚が走る。睾丸がすごい勢いで萎縮していくのもよくわかる。


――撃てるのだろうか。一瞬そんな考えがよぎった。だが、案ずるよりも産むが易しとはよく言ったものだ。栄養失調のためにいやにデカく見える少年の頭に銃先を向けて引き金を引くと、相棒98式が短く吠え、みるからに痩せ細ったそいつは糸が切れたようにくず折れた。合衆王国制式の、45口径のゴツい自動拳銃が音を立てて転がり落ちる。


一瞬遅れて、ロビーの数カ所から同じ銃声が何回か聞こえると、それで小さな暗殺者たちの命運は途切れてしまった。


「いてえっ……当たった!」

「衛生兵!」


衛生兵――ということになってるが、もちろん負傷兵の手当なんてしたことがない上等兵と、家が町医者で医大志望の兵士が立ち上がり、声を漏らした兵士に駆け寄る。


「しっかりしろカメイド二等兵!た……助かるのか!」

「手榴弾の破片が腕に掠っただけですよ」

「そっち抑えてくれ。腕縛っといたほうがいいかな」


取り乱すタワラマチに医大志望と衛生兵が冷静に言う。


「半端なかったな。」

「俺、めっちゃ心臓バクバクしてるんだけど」


そんな声がそこここから上がる。


「こんなんで初めて人を撃つことになるなんて思わなかったな」

「…………」


ヨシカワは傍らのカナザワを見やった。カナザワのライフルからは、煙が上っておらず、彼女は脂汗をかいていた。


「……撃てなかった」


ぽつりと漏らす。


「気にするな。私がヘンなこと言ったのが悪い。」


いつのまにか近くに来ていたマクギフィンが肩を叩いて言う。


「それは、別に関係ありません」

「心持ちの問題で撃てなかったのならまだいいだろ。

俺、安全装置解除するの忘れてた」


イタクラが“ア”の位置のままになっている切り替えレバーを示して言う。実際彼は銃を捨てて飛びかかり、相手を食い破りたいという欲求と戦うのと必死だった。身体能力の高く、獣に近いところのある彼にとっては、この距離なら銃を使わない戦いの方が得意なのだ。



「地下鉄の駅から地上へ出るってだけでこんなに疲れるなんてな」

「難民のテントばっかしだ」


地下駅の入り口の脇は、民国では珍しい片側4車線もの道路だ。しかし、そこは家を焼け出されたこの町の市民が建てたテントで塞がれている。


「どうも。第13師団・首都占領部隊のカゴハラ中佐です。いや、災難だったね。そっちからは戦死出ちゃった?怪我人が一人だけ?へー、運いいね君たち。」


メガネをかけた中年男性の中佐が数名の部下を伴って進み出る。話し方こそざっくばらんだがその目はあまり笑ってはいない。


「すみません。亡くなった二等軍曹につきましては心より――」

「あー、くたばったあいつもそうだけどさー、ウチのMPってバカばっかだからさ。

仕方ないよ。自分からガキに近づいてったんでしょ?」


自分の部下のはずだが、彼は事もなげに言った。今このエリアでMPをやっているのは前線から帰ってきて本土への帰還便を待っている兵士たちであり、気が抜けていて士気が低いのだと言う。


「はあ……」

「しかし、人死にが出ちゃったは出ちゃったわけだからね。

君らも運が良かっただけで、一つ間違えてたら

ヤバいことになってたんだもんな。うーん……」


あまりのドライというか酷薄な態度に困惑するタワラマチとマクギフィンをよそに

カゴハラは一人で腕組みをして唸り始めた。

視線の先は車道のテント群に向けられている。


「要するにこんなゴチャゴチャしてっから変なのが紛れ込むんだよなあ。

よし決めた。この辺は『清潔』にしよう。イワツキ准尉」

「は。」

「第131連隊に連絡してくれ。この辺のテントやらなにやら、

すべて破壊して焼き尽くせ」


まるでなんでもない雑事を命令するように、カゴハラは傍らの准尉に言った。


「火炎放射器持ってくるの忘れないように言うんだぞ」

「わかっております」


ニヤ……と微笑みながら、准尉は何事か無線機に向けてがなりはじめる。

ガスマスクを装備したものものしい一個連隊が到着するまで

さほどの時間はかからなかった。実に恐ろしい手際の良さと言えよう。

上官たるカゴハラの命令通り

燃料タンクを背負い、そこからホースが伸びたノズル――

火炎放射器を手にしている者も

数名に一人の割合でまじっていた――。


「小隊長、この人たち本当にやる気ですか?

だって別に相手は兵士とかじゃないっすよね……」

「条約とかに触れるんじゃないですか。」


ヨシカワとカナザワが裾を引っ張って言う。

だが、当のタワラマチにしてからが、

信じられぬといった顔で押し黙っていた。

美しく上品な顔には冷や汗が浮かんでいる。


「よーし、じゃ早いとこやろっか!」


カゴハラの不釣り合いに気の抜けた声が響く。


「5分後にこの区域はすべて焼き尽くし破壊する!

さっさと退去せよ。退去しなかった場合の責任は

東陽民国国軍・占領司令部の負うところではない。ただちに退去せよ。」


スピーカーでがなり立てるや、

不安げな顔でこちらの様子をうかがっていた合衆王国人が

悲鳴をあげはじめた。


「聞いてたのかてめーら!死にたくなきゃさっさと退去しろってんだ!」

「そんな!我々はそもそも空爆で家を焼け出されたのです。

どこへ行けというのですか!」


進み出た難民たちのリーダー格らしい、

なりは貧相だが、勇気とカリスマのありそうな白人男性が流暢な民国語で抗議する。


「そんなこと俺たちの知ったことか、クソボケがーーーーッ!」


すかさず、98式小銃が横薙ぎに振るわれ、銃床で

頬を殴られた男が

うめき声とともに地面に倒れる。


「逃げろって言ってんのにわからん奴らだ!」


空中に向け、小銃が乱射される。

たちまち辺りは蜘蛛の子を散らしたような騒ぎになった。


「中佐。装甲車がこの辺を巡回しておるようです。応援に呼びますか?」

「あったりまえだろ。装軌のやつ?それとも装輪?」

「装軌のだそうです」

「よし、こういう任務は装軌キャタピラに限るからな。

おい、そろそろ五分経っただろ!やれ!」


カゴハラの命令一下、火炎放射器の恐るべき炎の煌めきが

テント群に襲いかかっていく。

一応人間は避けているようだが――

それでも火の粉が服に燃えついて悲鳴をあげている市民もいる。

一瞬で辺りは火と煙に包まれた。


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