嘘と辻褄

・死亡した男……伊賀いが聡一そういち(三十歳)。派遣社員。


・若い夫婦……小田おだせい(二十七歳)と小田理亜菜りあな(二十六歳)。二人とも会社員だが、来月には退職して自営の店を始める予定。理亜菜は聡一の妹。


・中年の男……伊賀ゆう(四十二歳)。聡一と理亜菜の叔父。自営と複数のアルバイトを掛け持ちしている。


・女……藤堂とうどうきた(四十六歳)。聡一と理亜菜の叔母。パート。


 ニセノはてきぱきと関係者たちに話を聞き、手帳にメモしていった。

「聡一さんと理亜菜さんのご両親は共に亡くなっていて、父方の祖父、裕翔さんと北子さんにとってはお父さんにあたる方も、このたび亡くなった。遺産の相続に関して話し合うために、裕翔さんのご自宅にこの五人が集まることになり、皆さん時間通りに来たけど聡一さんだけ遅刻していた。玄関先で大きな物音がして皆さんが不審に思って外へ出ると、聡一さんはこの状態で倒れていた。裕翔さんのご提案で聡一さんを死者の国に転送することにし、裕翔さんが以前から使っていたこの建物の前に『ゲート』を開けて全員が移動した。その後、わたくしどもに蘇生の依頼をいただき、わたくしの指示に従って聡一さんをそれ以上動かさず、皆さんはこの建物に入られた」

 ニセノはメモ帳から顔を上げ、にやけ顔の仮面で四人を等分に見回した。


「そうですけど……まるで事情聴取だな」中年の男、裕翔は不機嫌そうに言った。


「必要なことですのでね。その後、あいむらさんとシュウノさんが、聡一さんに呼び出されたと言ってここに到着したわけですね?」

「まあ、そうなるな」と俺は言った。

「奇妙ですね」

「さっきからそう言ってる」

「聡一さんを刺した人に心当たりは?」ニセノは四人に向かって聞いた。「他に相続の権利がある方や、権利が無くても話に関わっていたり、この件を知っていた方などは」

「知っていた、というだけなら、知っていた人はそれなりにいたでしょうけど」北子が言った。「関わってこようなんて人は、私は心当たりない」

「うーん」裕翔は、唸り声とも同意とも取れる声をあげた。

「具体的な金額は言わなくて良いですから、遺産がどういったものだったか教えていただけます? 不動産でしょうか?」

「不動産というか自宅と、現金と、株が少しですね」と裕翔は言った。「あと車かな。親父はここ数年は施設で過ごしてたので、自宅と車がほとんど放置状態で。財産といえば財産でしょうけど、正直引き受けてもどうなのかなという……家がね、立地がすごく不便なんです。だから維持費ばかりかかって、賃貸とかやっても利益は期待できないと。株も、お付き合いで買った非上場のものが少々ってところです。まあ持ってても毒にも薬にもならんと言うか」

「となると、財産のメインは現金でしょうかね」ニセノはフムフムと頷きながらメモを書き足した。「遺言書や、弁護士の手配とかは?」

「遺言書は無いです。そんなご大層な財産があるわけじゃなし……弁護士か何か、手続きを任せられる人をこの後入れるつもりでしたけど、今日はただそれぞれの意思確認のための顔合わせで」

「なるほど」ニセノは少し黙り、メモ帳を見返していた。


「どうも納得いきませんね」と、シュウノが急に口を挟んだ。「僕には、どうも、皆さんが口裏を合わせて嘘を言ってるようにしか思えません」

「おい……」いくらなんでも歯に衣着せなさすぎだ、と俺は焦ったが、

「だってそうでしょう」とシュウノは強引に続けた。「藍村君の受け取ったメッセージから考えて、この方々の説明は辻褄が合いません。聡一さんは藍村君にここの住所を伝えて、すぐ来てほしい、と呼び出したんです。つまり聡一さんはその時点でここにいたか、もしくはここで何かが起きると知っていたわけだし、その直後に刺されたと考えられます。この方が現世で刺された後に転送されてここに来たという話が、僕には本当らしいとは全く思えません。それに結局、ここにいる方々は聡一さんが死んだら金銭的に得をする立場です。そういう悪意があったか無かったかは横に置くとして、得をする立場であることは事実でしょう? 遺産を分配する人数が減れば自分の取り分は増えるのだから。となると、利害が大きく絡んだ状況での証言にどの程度の信頼性があるのかな、っていうのが客観的な感想です」


 たいへん嫌な沈黙が流れた。俺は第三者ながら胃が痛くなってきた。四人が四人とも、怒ったり取り乱したりせずに仮面の下で沈黙しているのも、余計に気まずかった。


「……ま、そんなことは別にどちらでもいいんですよ」ニセノが軽い口調でとんでもないことを言った。「わたくしどもは警察じゃありませんからね。依頼をいただければお受けするだけです。わたくしが問題とするのは、蘇生師として仕事をする以上は意味のある蘇生をしたいということです。蘇生した直後にすぐまた死なれてしまったり、著しく生活レベルが下がるようでは、真に生き返らせたことにはなりません。その点はわたくしの腕前の評価にも関わるところなので、きちんと適切な巻き戻し量を見極める必要がございます」

「聡一が犯人を見ているかもしれないのに、その記憶がある状態では蘇生できないってことですね」北子が聞いた。

「かなり難しいですね。その点に拘れば、聡一さんの命を危険に晒すことになりますから。もし彼の命より真相の究明が大事なら、蘇生は取りやめて現世で警察に捜査をしてもらうのが一番良いと思いますよ」

「………」


 そうなのだ。この親戚たちがもし、遺産の取り分のことで聡一を排除したかったのなら、わざわざ蘇生の望みをかけて死者の国に移動させる理由がない。そのまま死なせておいて通り魔殺人として警察に処理させるという手があったし、今からでもそれは可能なのだ。彼の死体を現世のその時点に送り返し、警察を呼べば良い。


 しかしこの依頼者たちがそうしていない。単純に、親戚として聡一を失いたくないからだろうか? その場合、親戚の彼らが聡一を計画的に殺したとは考えにくい。

 もうひとつの可能性としては、何か警察に調べられると困るような証拠をうっかり残してしまっており、彼を蘇生させることで殺人そのものを無かったことにしたい、なんてこともあり得る。彼が記憶を失った状態で生き返れば、殺人の計画としてはとりあえず失敗だが、少なくとも取り返しのつかない罪を追及される恐れはなくなる。


 それに、四人の行動の連携が取れていない可能性も高い。シュウノの指摘とは真逆になるが、聡一をどうしても蘇生したい者、したくない者、真相の究明を望む者と暴かれては困る者、それぞれの思惑が入り混じってこの状況になったのかもしれない。


「まあだいたい分かりました」ニセノはメモ帳をぱたんと閉じて言った。「遺産をどれくらい受け取れるかという重要かつポジティブな局面で、聡一さんがご自身の死を望んだり受け入れたりしたとは考えにくいです。必要以上に長く巻き戻す必要は無いでしょう。皆さんにとっても大事な話し合いの最中でしょうから、聡一さんの記憶が極端に消えすぎると実務上の障害もありましょう。今日の朝か昨日の夜程度まで戻す方向で、調整してみます」

「あ、ちょっと待って」シュウノが急に言った。彼はいつの間にか聡一の死体のそばに屈み込んで、左手を取ってシャツの袖をずらし、手首から肘の辺りを覗き込んでいた。

「何やってるの」俺は言った。

「これ、藍村君案件だ」シュウノは俺を手招きした。「ここ、魔法陣が組まれている」

「ええ?」

「なんだか分からないけど確認した方がいいんじゃない? たぶんそのために君は呼ばれたんだろうし」

「なんだよ……間違い電話じゃなかったのかよ」俺はげんなりするような疲労感を覚えながら、シュウノと一緒に死体の腕を覗き込んだ。

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