第20話 日向葵和子

 アタシ、日向葵和子には本気で叶えたい夢や野望が無かった。

 将来はアイドルになりたいと夢に見てた昔のアタシだったが、いつの間にかお花屋さんになりたいとか、看護師さんになりたいとか言ってて。


……でも、22年間の人生で色々なことがあって。


 今はもう、何者でもいいやと思っている。

 ただ、本気になれなくても平和に生きられる、自分の身の丈に合った世界を探して。

 どうせ冗談で言ってる『彼氏の条件』も、本気で求めれば、きっと……。


 いつからアタシは、そんな生き方を選んでばかりしていたのだろう。

 どうしてアタシは、今まで自分の未来に蓋をしていたのだろう。

 そんな自分に、今朝から苦悩していたはずなんだけどな……。


「ふんふんふ〜ん♪」


 いつの間にか、アタシはトイレの鏡で前髪を整えながら、呑気に鼻歌を奏でていた。

 まぁ、悩むなんてアタシの柄じゃないからどうでもいいや。

 アタシは開き直って、リクルートスーツ姿で映る自分で遊んでいた。

 自撮りしてみたり、ちょっと艶かしいOLお姉さんのポーズをとってみたり??


 ちなみに今、ちょっとエッチな下着身につけてます。


 堅苦しい真面目な格好だけど、それを剥がせば淫らな姿が露わになるの。──なんか萌えない?

 ……まぁ、見せる相手いないけど。


「って、もうこんな時間じゃん!!」


 スマホに映る時間を見て、アタシは焦ってトイレから飛び出した。


 どこ向かえばいいんだっけ?


 てかこの会社、マジで広すぎ!!

 来る前から大きい化粧品会社だなーっていうのは分かってたけど、ユニバ並に広いじゃん!!

 あと、どういうわけかマックやユミクロ、ヤマグチ電気、たつや書店まで社内に入ってるし。会社と言うより、ショッピングモールみたい!


雪聖水せっせいすいで、あなたの肌も白い雪のような美肌に生まれ変わる──』


 あっ、この前買った良さみな化粧水のCMだ。

 社内の大型ディスプレイに、銀髪の少女の微笑む姿が放映されている。


 たぶん、高校生くらいだよね。


 あんな雪の妖精みたいな美少女JK、ウチの学校にはいなかったなぁ。

 ……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない!!


 アタシは走る。夏の暑さのせいでスーツの中は汗びっしょり。きっと整えた前髪はぐちゃぐちゃなんだろう。こんなの全然萌えないじゃん……。


「あーもう!」

「──最悪だ! こんなことなら、事前に集合場所調べておけばよかった!!」

「?????」


 へっ? 今、聞き覚えのある声がしたような……?


「……翼?」


 しかし立ち止まって振り返ったが、誰もいなかった。

 気のせいだったのかな?

 そう思いかけたが、アタシはあることを思い出す。


 確かここは、化粧品を中心に様々な化学製品を開発する企業だ。

 それに翼は、ウチの大学の化学科に通っていて、週休三日制とフレックスタイム制という言葉は、翼の何よりの大好物。


 ──もしかして、ここで働いてるとか??


 もしそうだったら、翼のこと驚かせちゃおうかな♪

 弾む心につられて、アタシの足も弾み出す。

 その勢いのまま、アタシはスキップでインターンシップ会場へ向かった。

 そして今日のインターンシップが終わった後のこと。アタシは翼がここにいると見て、広い敷地を探検することにした。

 時刻は17時過ぎ。

 最近は夜に誘っても断ってばかりの翼だから、きっとまだここにいるだろう。

 そう思っていると、さっき立ち寄った大型ディスプレイの近くで彼らしき人物を見つけたのだ!


「くそっ、あの女といいクソポニテメガネPといい、俺の扱いが雑すぎるだろ」


 いた! やっぱり翼だ!!

 男にしては細くて小さな、猫背気味の背中を見て、気だるげな声を聞いて、アタシは確信。


 もちろんアタシは彼を尾行することに。もちろんバレないように物陰に隠れながら、インターンが終わってから食べる予定だったあんパンと、そのお供の牛乳を手に!


「……おっと、このままでは溢れんばかりの葵和子ちゃんオーラのせいで翼に見つかってしまう」


 ということで、さらにアタシは黒縁メガネをカバンから取り出して、真面目な就活生モードに変身した。

 もう一度言うが、下着はエッチである!


「……って、翼どこ行った!?」


 いつの間にか見失ってしまった!!

 だけどここに来た以上、どうしても翼を驚かせたい! アタシは諦めず、東京ドーム級に大きい四階建ての建物の中を探し回った。


 四階にはスタジオ、三階にはレコーディングルームがいくつもあり、そこにはアタシよりもちょっと若い女の子たちが何人かいた。何をする所なんだろう?


「まさかあのCMみたいなキャストを育成してるとか? 実はあの子たちみんな、この企業で生産されてるとか!?」


 だとしたら、すごい企業だ! キャストを自家生産だなんて画期的すぎる!

 そう思っていると、エレベーターは二階に着いた。

 今度は、レッスンルームだろうか? まるでアイドルの養成所みたいだ。


『ワンツースリーフォー! ワンツースリーフォー!』


 てか、これってマジでアイドルなのでは!?

 ガラス張りの壁の向こうで、女の子たちがキレッキレなダンスを踊っている。

 中にはさっきCMに映っていた美少女JKもいたが、他の子たちも引けを取らないくらいルックスは綺麗で可愛くて、笑顔が眩しい。

 だけど──。


「これくらいなら、アタシもできそうかも♪」


 聞こえてくる音楽にノリノリになったアタシは、彼女たちに合わせて踊ってみた。

 流れているのは、最近人気のあるナンバーや、個人的に聞き覚えのあるナンバーばかり。

 そのためか、身体がリズムに順応するのは早かった。


「たんたんたんたん♪ たんたんたんたん♬︎」


 気付けばもう、アタシはダンスに夢中になっていた。

 ダンスなんて高校の部活以来なのに、そんなに踊ったことの無いナンバーなのに、身体が音楽について行けてる!

 そのことが楽しくて仕方なくて、もう自分ではブレーキを踏めなくなっていた。


「あの……」

「たんたんたんたん♪」

「あのー!」

「なんですかー♪」


 誰かに話しかけられたが、軽く流す。

 はいはいちょーと待ってねー。

 今、キリ悪いから〜。話しかけるなら、また後でね〜。


「──あなたのダンス、すっげぇ見られてますけど?」


 …………………………

 ……………………

 ………………


 壁の向こうでアタシを見つめる美少女たちに気付き、アタシは恥ずかしさのあまりフリーズした。


「ごごごっ、ごめんなさい! 夢中になってつい……って──」


 そして声をかけた主に頭をブンブン振り回すように下げたアタシ。けれど頭を上げた瞬間、言葉が詰まった。


「──翼!?」

「日向!?」


 目的の相手は見つかった。その相手を驚かせることにも成功した、けど……。

 ……ていうか、なんで翼がこんな所に??


【あとがき】


ここまでご覧いただき、ありがとうございます!!

明日は1話投稿です……! 

投稿はお昼に!!


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