2023年6月14日

指の震えが止まらなかった。


どうして震えているのか。


どうして止まらないのか。


どちらも分からない。


片方の手で片方の手を押さえ、顔を上げて空を見る。


大きな月が浮かんでいた。


外延と内包。


これほど傍に理知の対象となるものがあるというのに。


どうして、人々はそれを無視して生きていられるのだろう?


月は大きさを増していく。


僕の頬に接近するほどに。


目を閉じたが、接触の瞬間は訪れなかった。


月の向こう側に僕は佇んでいる。


砂。


水。


いつの間にか、僕の身体は海と対面していた。


その様を僕の中身が遠くから見ている。


手を伸ばして腕を掴んでやりたいと思ったけれど。


そうする前に身体は立ち上がり、海に向かって歩き出す。


張力を感じさせながらも、優しく撫でるように唸る水の音。


魔法で固まっているのではないかと思えるほどに。


木の葉や枯れ枝が水の上に付着している。


そのせいで、水はやや濁っている。


僕の身体は海の上を歩く。


水の抵抗を受けない。


滑るように。


足の指で水を掴むように。


進む。


進む。


思っていたよりも静寂だった。


海の音も、僕の心臓の音も。


遠くから工場の放送が聞こえる。


汚水を排出すると告げられる。


ゲートの開放音。


僕は悲鳴を上げた。

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