謝罪会見 22

 やがて黒摩天を取り囲む堅牢な城壁のふもとにたどり着いた五人と一匹は、目前にそびえるいかめしい城門をそれぞれに見上げた。


「で、結局どうなったのよ。いま現在、私たちがこうして存在してるってことは鐘古さんが上手くやったってこと?」


 緋雪氏が訊くと近藤はようやく七倉氏の背中から降り、立ちはだかる巨大な鉄扉門に目を向ける。


「豆ははこ様との会談を終えたこよみ様はまず手始めに下北半島全域の買収に取り掛かりました。豆ははこ様の情報によれば、神々が人類殲滅を行う場合は恐山を拠点に配下実働部隊である魑魅魍魎たちを解き放つ、いわゆる百鬼夜行を行うらしく、計画が頓挫した場合のプランBとして恐山を何重にも取り囲む防衛ラインの設置を迅速かつ秘密裏に行う必要があったからです」


 ブロ子さんが手に拳を打ち鳴らした。


「なるほど。半島買収にはそういう理由があったのね」


 続いて七倉氏も腰を伸ばし、メガネの位置を直しながら肯く。


「たしか数年前、山河に宿する精霊たちの活動が異様に活発になったことがありました。彼らは冥界の動きに敏感ですから、もしかするとちょうどその時期だったのかもしれませんね」


 その推察に同意するようにナッツがワンッとひとつ吠えた。

 すると門に弾き返されたその鳴き声がひとしきり辺りにこだまする。


「でも下北半島買収の理由は分かったけど、それでどうなったの。ていうかプランAはなんだったのよ」


 無言で鉄扉門に近づいていく烏丸氏がはためかせるコートの裾を見遣りながら、緋雪氏が訊いた。


「プランA、それはOBMNCが誇る超先進テクノロジーの粋を注ぎ込んで完成させたヒューマノイド『アンルー』を黒摩天に送り込むことでした」

※OBMNC: OLD BELL Multinational Corporation(鐘古氏が保有する世界的大企業)


「ヒューマノイドってSFとかによく出てくるアレ?人間と見た目がそっくりな」


 目を瞠いたブロ子さんに近藤は肯き、それからしばし口を噤んだ。

 そしてまたためらいがちに言葉を繋ぐ。


「ここだけの話ですが、アンルーはバイオテクノロジーの禁を犯した試作品でした。遺伝子操作により骨格や筋肉、血管、神経組織に至るまで精巧に調整されたその身体能力は人間を遥かに超越し、なおかつその頭脳は……」


「頭脳は……何?」


 七倉氏が息を呑んだ。

 ナッツが不安げに鼻先をひくつかせた。

 近藤の硬い声が地面に向けて放たれる。


「こよみ様の幹細胞を使って創り上げた完全なコピー脳。すなわち宇宙随一の明晰さを誇る頭脳を備えたヒューマノイド、それがアンルーでした」


 するとその答えに鉄扉門を調べていた烏丸氏がやおら振り向き、怪しい笑みを向けた。


「たしかにこよみさんのキャパならどれだけ膨大な知識でも完全に理解して、なおかつ詰め込んでしまえるだろう。だがしかし、不可解だな。豆ははこさんという御仁の頭脳クオリティーが相当なものであったとしても、世にはそれを超える天才は数多いる。こよみさんほどではないとしてもな。そんなヒューマノイドなど使わずとも手っ取り早くそういう明晰な頭脳の持ち主を集めて任務を充てがえば良かったのではないか」


 近藤はその何もかも見通してしまうような視線にたじろぎながらも首を振る。


「それは不可能でした」

「なぜだ」

「……ハイパーオーヴ」


 その一言に烏丸氏は不穏げな微笑みをさらに深めた。


「なるほどな。そのスピリチュアルな力がなければどんな天才も知識を閻魔に伝えることはできない。そういうことか。けれどアンルーとかいうヒューマノイドにしても同じことだろう。ハイパーオーヴをまとわせることなど可能だったのか」


「ええ、豆ははこ様にお願いしてイタコに代々伝わる秘術『カケハシ』によりオーヴの光をアンルーに付与していただきました。とはいえ当然ながらその力はそれほど強いものではなく、こよみ様の放つ光に比べれば数十分のいち程度だったということです」


「それで代用できたの」


 背後からブロ子さんが訊くと近藤は振り返って答えた。


「ナチラージャ閻魔は一も二もなく快諾したようです。しかし……」


 言い淀んだ近藤の言葉の先を烏丸氏がフォローした。


「冥界の神々は納得しなかった、か」


 近藤は肯いた。


「ええ、そうです。シヴァ神を始めとする強硬派はそんな傀儡を憑代にするなど、それこそ自分たちを冒涜する行為であると息巻いて最高神ブラフマンに詰め寄り、人類再創生の早期施行を訴えたようです」


「え、ヤバいじゃん。それでどうなったの」


 緋雪さんが慌てた口調とともにマキタの草刈機を担ぎ直した。

 近藤は片足を引き摺るようにしてゆっくりと鉄扉門へと歩んでいく。


「結局、ブラフマンはシヴァ神の意見を退け、条件付きでアンルーの使用を認めたということでした」


「良かったあ。でも条件ってなんだったの」


 胸を撫で下ろしたブロ子さんが訊くと近藤は門の右隅にある龍を模った石像の前に立った。


「まずは人類の時間で十年の試用期間を設けること。そしてその期間内に改善できない、あるいは致命的な不具合が生じた場合、速やかに人類再創生計画を実行する。そういういわば最終通告のようなものでした」


「それじゃ首筋にナイフを突きつけられているも同然じゃないですか」


 七倉氏が顔をしかめた。


「ええ。しかしそれでもやるしかありません。こよみ様は世界各地に点在する焔摩天に数十体のアンルーを派遣すると同時に、アンルーそれぞれに膨大な知識、量子コンピューターによる未来予測を送信するための電波塔、つまりバベルを完成させました。そして即座にその運用を開始したのです」


 近藤が龍の角に指を当ててそれを押し込むと、矢庭に鉄扉門が激しい軋音とともに横ずれを始めた。

 刹那、門の裏側に立ち込めていた凄まじい殺気が隙間から漏れ出してくる。

 烏丸氏がミリタリーコートの懐からH&K製MP7(ドイツ製PDW短機関銃)を取り出し門に向けて構えた。

 緋雪氏が緊張した面持ちで草刈機を頭上に大きく振りかざした。

 七倉氏が眉間に皺を寄せ、九字護身法の印を切るべく指を重ね合わせる。

 するとナッツも唸り声を立てながら激しく牙を剥いた。

 ブロ子さんは……えっと、烏丸氏の背後にまわるとミリタリーコートに身を寄せ、そして硝煙と仄かなフレグランスが混ざり合った匂いに場違いにもそっと頬を緩ませた。


 つづく


 で、第二弾!

 まだまだ行きますよ〜(病み上がりパワー爆発!)

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