恐山トリップ 11
自動ドアをつんのめり出た那智は駐車場を挟んで向かいにある東屋を目指してフラフラと進みはじめた。
湧き水はその三角屋根の下、跳び箱のような形の四角い石に突き出たパイプからチョロチョロと流れ出している。
東屋の傍には朱色の鳥居と八大竜神の祠。
本来は右隣にある吹越湧水神の水で手を清め、祠へ二拝二拍手一拝でお参りするのがここでの慣わしであるらしい。
が、しかし今は八大竜神様に用はない。
誠に罰当たりで申し訳ないが、お参りは後で必ずさせていただきますからと心の裡で侘びながら歩速を上げる那智。
けれどそのとき視界に端にサチさんの姿が映り込み、那智は足取りをよろめかせながらもそちらへと片手拝みを向けた。
「お忙しいのにスミマセン」
「あと、S君じゃなくてごめんなさい」
という謝意を込めたつもりだった。
しかしサチさんはその意図をどう勘違いしたのか、お返しにとばかりに片手チョップの動作を何度も繰り返した。
那智は彼女から目線を切り、再び流れ出る湧き水へと目を移した。
そのほんの10メートルほど向こうにあるゴールがアスファルトから立ち昇る陽炎によって揺らいでいる。
一歩足を踏み出すたびに膝が崩れ落ちそうになる。
腰が痛い。
そして胃に詰め込んだスイーツが逆流しそうになる。
それらをこらえ、苦悶の表情を浮かべながらようやく駐車場の半ばまで距離を縮めたところで背後から足音が聞こえてきた。
振り返るとやはりそこにはK君の姿があった。
その足取りはほとんど倒けつ転びつ、けれど表情は鬼の形相。
殺気と評してもなんら問題のない気迫を放射しながら那智を追いかけてくる。
恐怖に那智は思わず悲鳴を漏らしそうになった。
けれどそれでもここまできて負けるわけにはいかないと次の足を踏み出したそのときだった。
どういうわけか突然、世界がひっくり返った。
そして次の瞬間、視界の左半分がアスファルトになった。
なにが起こったのか理解できず、那智はただ呆然と右の視界を通り過ぎていくK君を見送るしかなかった。
原因は解けていた靴紐だった。
それをもう片方の足を踏んでしまった那智が盛大にすっ転んだのは当然の成り行きだったかもしれない。
立ち上がろうとはした。
けれどもうすでに那智にそんな余力は残されていなかった。
そして遠退く意識の中で那智はK君の雄叫びを聞いた。
湧水亭さん、サイコーでッッす!!!
さっちゃん、愛してるよぉぉ!!!
鳥居にしがみつきながらそう声を放ったK君は目蓋に涙を溜めていたという。
(後日D君談)
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