第2話 心の準備は不要って事か。


 事の起こりは始業式とロングホームルームを終えた午後のひとときだった。時刻はそう、三時のおやつ・妙に小腹が空く時間帯だった。


がくこっちだ」

「親父、一体何用だよ? 今日は授業が無いから良いものの、俺が校内に居る間にメッセ飛ばしてこなくても。あわやあさちゃん先生にスマホを没収されるところだったんだぞ?」

「いや、悪い。時間が取れるのが今のタイミングしか無かったからな。俺も仕事を抜け出ているから手短に話すぞ」

「て、手短って・・・?」


 いや、本当に手短な話だったわ。


「実は俺、今度、再婚するから」

「・・・ふぁ?」


 そこからは、ちらほらと聞こえる各種単語が記憶に残ったり、残らなかったりした。

 授業中に身に着けた聞き流しスキルが無かったら、何度も親父に聞き返していただろう。


「というわけで次の休みに引っ越すから準備だけしておいてくれ。荷造りの段ボールは手配済みだから、帰宅する頃には届けられるだろう」

「そ、そうか」

「それと、この書類を学校に提出してくれ」

「これは?」

「名字が変わるからな。ただ、俺の卒業した私立と違って直ぐに変更はされないだろうから、それまでは今の名字を名乗る事になるだろう」

「そ、そうか、分かった」

「本当に分かっているのか? いや、俺に似て要領がいいから大丈夫か。それと新しい住所はここな。既に住人が居るから、仲良くする事」


 ん? 今、何て言った?

 既に住人が居る? 親父は俺を何処に住まわせる気なんだ? 今までの様に風呂無し共同トイレのボロアパートって事だけは無いと思う。

 親父はそんな俺の疑問に答えるように・・・


「上司にも子供が居るからな。女の子だから、気に入らないからって乱暴だけはするなよ?」

「やらねぇよ!?」


 俺を何だと思っているのか!?

 いや、三才の時に親父の購入した一軒家から追い出されて男所帯で過ごしてきたから仕方ないと思っているのか。母自身も俺が親父似だから嫌いだとか言って、会おうともしないしな。

 女に幻想を見られないのもそれが原因だし。


「まぁその点は心配していないが、念には念をって事だからな」

「善処するよ」

「そうしてくれ」


 頭の中は未だにパニクっている最中だ。

 色々と抜け落ちているところもある。

 こればかりは口頭だけでなく紹介して欲しいものだが、仕事の合間の親父に願うのは間違いだろう。


「さて、俺からは以上だ」

「・・・」


 そう、俺が気がつくと親父はスマホを眺め、颯爽と公園の四阿から姿を消していた。


「唐突過ぎるだろうに・・・」


 心の準備無く現実を示される。

 一種の災害に遭ったようなものだろう。

 その災害が人災に依るものか、天災に依るものか、今の俺には知る由も無いが。


「いけね。朱音あかねとの待ち合わせに遅れる・・・遅れたら何を買わされるか分からねぇぞ」


 こうして俺は書類の入った封筒を鞄へと詰め込み、スマホ片手に近所のスーパーマーケットへと向かった。

 親父から示された再婚話で、何故か朱音が絶句する事になろうとは思いも寄らなかったが。



 §



「ねぇねぇ? このカップ持ち帰っていい?」

「持ち帰っていいっていうか、お前が持ち込んだ品物だろうに。って、問題は解けたのか?」

「それは勿論! まだだよ?」


 まだだよって言いながら首を傾けるな!


「先に問題を解けよ!?」

「えーっ! 頭が糖分を欲しているもん!」

「も、もんって・・・」

がく手製のフワフワパンケーキが欲しい! タピオカミルクティー付きで!」

「はぁ〜・・・解いたら焼いてやるよ」

「ホント!? 俺、頑張るよ〜!」


 荷造りの傍ら、勉強をみてやり、更なる仕事を増やす羽目になった自業自得の俺。どうも俺は朱音に対しては甘すぎると思えてならない。

 おそらく、朱音が時々みせる駄々捏ねが、なんというか、心にくる物があるからだろうが。


「これは俺の、これは朱音の・・・って、朱音の私物しか無い」

「実質、俺の嫁ぎ先だから!」

「嫁ぎ先って。そんな冗談はさておき、少しずつ持って帰れよ?」

「了解!」

「本当に持ち帰る気があるのかね?」

「大丈夫だよ。持ち帰らないと面倒事になるのは分かっているから、数日かけて持ち帰るよ」

「? そうか。それならいいが・・・」


 これはどういう意味で言ったのか?

 首を傾げた俺は問題集と睨めっこする朱音から視線をそらして荷造りに勤しんだ。



 §



「フワフワパンケーキ! これだよ、これを待っていたの!!」

「ホント、甘い物が好きだよな」

「勿論!!」


 俺の目の前で美味そうに頬張る朱音。

 朱音の表情は男子高校生のそれではなく、家電量販店で見かけるテレビに映る女性レポーターの表情に似通っていた。

 対する俺は夕食として作っていた焼きうどんを頬張っていたがな。パンケーキを焼いた後に焼きうどんを作って、洗い物を減らしたわけだが、元々の予定が大幅に狂ったので、本日予定していたハヤシライスは後日作る事になった。


「このパンケーキも食べ納めかぁ〜」

「また機会があれば作ってやるよ」

「ホント!?」

「相手のお子さんが許してくれるならな」

「!」


 俺がそう口にすると朱音は目を見開いて固まり、手を止めて俯いた。ブツブツと呟いているのは分かるが、何を言っているのか聞き取れなかった俺だった。


「・・・」

「どした?」

「ううん、なんでもない。でも・・・その子が許さないって言っても、俺が許してあげるから、安心して作っていいよ?」

「? そ、そうか」


 これはどんな立場で物申しているのやら?

 家主を無視して来客が許すというのは謎だったが、今はそれ以上聞くなという不可思議な空気を纏っていたので俺は聞けそうになかった。




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