第169話 潰さなければならない命

「それでも……相談もなしに」


イシュドの考えを聞かされ、理解は出来なくなかった。

ただ、それでもミシェラはまだ納得がいかないといった表情を浮かべる。


「相談ねぇ。そういう場面なら、相手に思考する時間を与えねぇ方が良いんだよ」


「……逃走する経路の再確認?」


「それもあるだろうが、そうだなぁ…………仮に人質を取った盗賊の自頭が悪くなかったら、俺が盗賊を尋問した時と同じ方法を取る。そういう考えに至ってたかもしれねぇ」


「「っ!!!」」


イシュドが盗賊からアジトの場所を聞き出す為に行った尋問方法。


それ自体に、ミシェラとイブキは思うところはない。

行う速さ、判断に関しては驚かされたところがあるものの、非常に理に適ったやり方であることは理解している。


だが、それを衰弱していた女性に行われるところを想像してしまい……体内の血液が沸騰しそうになる。


「おいおい、かもしれないってだけだ。あんまりブチ切れてっと、アルコールが回って速攻で酔い潰れるぞ」


「っ……そう、ですわね」


普段から高貴な振る舞いをしているミシェラだが、過去の経験を思い出し、なんとか怒りを沈めた。


「人質を助けるってなると、第一に相手に考える時間をやらねぇ。それが大事だと俺は思ってる」


何十回とそういった経験をしてきたという訳ではないが、経験者と口にするには十分なほど、一瞬ではあるが心臓がキュっと締め付けられる場面を乗り越えてきた。


「考える時間を与えない…………戦闘に関しては、確かにどの場面においても重要なことですわね」


「納得してくれたようでなによりだ。つっても……まだ教えてねぇこともあるけどな」


「はぁ~~~……マスター、アースクェイクを一杯お願いしますわ」


「かしこまりました」


注文したカクテルが提供されると、ミシェラはグラスに入ったカクテルを……半分程一気に呑んだ。


「おいおいデカパイ、お前そんなにアルコール強かったか?」


「……あなたの口から出てくる話は、大抵酔ってないと受け止められませんのよ」


「あっそ……別に良いけどよ」


酔い潰れたなら置いて帰れば良い、とは流石に考えていない。

そこら辺の男より圧倒的に強いミシェラであっても、酔い潰れていても普段の半分も力を発揮出来ない。


一応パーティーのリーダーはイシュドであるため、仮にここでミシェラが傷物になってしまうと……さすがにミシェラの実家が、相手がレグラ家であろうと黙ってない事態に発展してしまう。


「それで、まだガルフに教えてない事とはなんですの」


「簡単な話だ。状況によっては、人質の命より屑の命を潰すことを優先しなきゃなんないってことだよ」


「っ!!! すぅーーーー…………ふぅーーーーー……」


いずれイシュドがガルフに伝えようと思ってる内容を聞き、イブキは……ほんの一瞬、カッとなってしまった。

だが……イシュドがただの傍若無人ではない事を知っているため、直ぐに深呼吸を行い、心を落ち着かせた。


対して……ミシェラはこころの底から、先程強いカクテルを頼んでおいて良かったと思った。


「はぁ~~~~~~~……その、意味は?」


「おっ、怒り狂ったりしねぇんだな」


「まだ納得は出来ないに決まってるでしょう」


「青いな~~~、ってまだ若い俺が言うのもおかしいか。まっ、簡単な話だ。二人は、盗賊……ある意味は裏の組織に属する様な人間が、仮にその状況から生き延びたとして、本当にこれまでの自分の行いを反省して、後の人生を歩もうとすると思うか?」


人それぞれに事情があることは、イシュドも理解している。


貴族の令息であり、毎日のように戦場で暴れ回り、訓練漬けの日々を過ごしていたとはいえ……それでも恵まれた立場として生まれてきた自覚はあり、そんな者にあれこれ言われたくないという他者の気持ちも解らなくはない。


環境が、理不尽がと、言いたい事は解る。

だが、どれも……イシュドたちにとって見逃せる理由にはならない。


「またどこかで人を殺して、騙して不幸にする……そう思わないか?」


「つまり、今失うかもしれない一つの命よりも、これから先……幾つもの命を奪う人間を優先して潰さなければならない、と」


「良く解ってんじゃねぇか、デカパイ。珍しく花丸百点をやるぜ!」


「…………」


イシュドにしては、本当にミシェラに対して高評価を与えた。


だが、当の高評価を与えられたミシェラは……ブスっとした表情のままである。


「んだよ、嬉しくねぇのかよ。花丸百点だぜ」


「うるさいですわ。あれですわよ……理解と納得は別という話ですわ」


大局的な視点から見て語るのであれば、イシュドの話は非常に理に適っている。


だが……これまたイシュドが語った通り、二人ともまだ青い。


「はっはっは! 良いんじゃねぇの? 普段のデカパイより物分かりが良いじゃねぇか。どうせなら普段から酔ってたらどうだ」


「勝手に人をアルコール中毒者にしないでほしいですわ…………その話、本当にガルフに伝えるつもりですの」


「そりゃな。事前に解ってるのと解ってねぇのとじゃあ、覚悟に差が生まれるだろ」


戦闘者として、間違いなく正解と言える助言内容。


「つか、あれだな。二人とも随分ガルフの事を心配してんだな……もしかして、惚れたか?」


からかうように問うも、二人は直ぐに首を横に振る。


「違いますわ。ガルフはなんと言うか……あなたやフィリップと違って、素直なのよ」


「ミシェラの言う通り。素直で可愛い、こう…………歳の近い理想の弟の様な」


「ほ~~~~ん?」


二人の言葉に、イシュドは直ぐに理解出来ず首を傾げる。


イシュドはこれまで特に兄弟姉妹間でマジバトルを行う機会はあっても、喧嘩らしい喧嘩はしたことがない。


従兄弟たちの中にはイシュドに対して不快な感情を持つ者はいるが……それでも、彼らはその感情を強くなる為に回し、今も「あいつが学園に通ってる間に!!!!」と、闘争心を大爆発させながら強くなることに勤しんでおり、ザ・レグラ家的な思考で動いている、


その為、特に理想の弟、といった存在など考えたことがなかった。


「まぁ、別に二人がどう思っていようが勝手だけど、伝えられる事は伝えてやらねぇと、ただただ可哀想ってだけだ。それに……そういう事態を回避出来る方法もねぇ訳じゃねぇしな」


「っ!!! そ、それはいったいどんな方法ですの!!」


ミシェラだけではなく、イブキもアルコールで赤くなった顔を近付ける。


そんなアルコール臭い美女二人に対し……イシュドは表情を変えずに答えた。


「んなの、今より強くなるだけの話だろ。強くなりゃあ、今は救えねぇ命も救えるようになる」


「「…………」」


何か金言とも思える事を教えてくれるのかと期待していた二人は……あまりにもレグラ家の人間らしいイシュドの言葉に、肩を落す……を越えて頭からテーブルに上半身を落した。



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風邪でぶっ倒れていました。

いきなり更新が止まってしまい、本当に申し訳ありません。

本日から投稿を再開いたします。

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