第36話 優秀なナノマシン

出入口の戸の前に立つとすすり泣く声が聞こえた。

多分、アンネリーゼさんだろう。

ローズがこれから俺に何を頼むのかを知っていたのだろうな。


俺はすぐにアンネリーゼさんを安心させようとドアを開ける。


ドアの前ではしっかりと立っているのだが頬を伝う涙が彼女の心境を物語っている。


「アンネリーゼさん」

「……お嬢様は?」


多分、アンネリーゼさんはもうこの世にいないローズとミックを思って泣いていたのだろう。

だが、俺がそんなことをするわけがない。

それに今の状況は姉が弟を寝かしつけるという素敵な場面を見れるのだ。

だから、俺は少々カッコつけて振り返らずに後ろを指差す。

ただ、俺が指差した先ではとんでもないことが起ころうとしていた。


「お嬢様!やめてください」


アンネリーゼさんが大声でローズを制止する。

一体、何をしているんだと振り返ると、そこには目を疑う光景が俺の網膜に飛び込む。


ミックはいつの間にかベッドに寝かされていた。

そして、銀色に輝くリボルバーの銃口がベッドに寝るミックに向けられていたのだ。

もちろん拳銃を持っているのはローズ。

暗い部屋の奥で眩しいぐらい輝くリボルバー。


「やめろ、ローズ」


咄嗟に俺も大声でローズに声を掛ける。

だが、ローズは更に脅かせてくれる。


ミックに向けていた銃口をそのまま自分のこめかみに密着させるのだ。

俺はそれを見た瞬間に息が止まる。


「白桃ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「マスター、既に加速状態です」


白桃はすぐに俺へ回答を返す。

思考が加速状態なので時間がゆっくり進む。


「ローズを止める。戦闘プログラムをよこせ」

「ダメです。現状はナノマシンが足りません」

「じゃあ、俺の体に直接入れてもいいから何とかしろ」

「しかし、生身の体にそんなことをしたら、いくら生体強化しているとはいえ」

「うるさい、やれぇぇぇ」

「……わかりました。戦闘プログラムをEXE形式へ、過負荷によるリミッター解除。痛覚を遮断……マスター、どうぞ」

「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇ」


俺は自分の体に直接戦闘プログラムを入れるという無茶をしてローズに駆け寄る。

白桃が応答してから、ローズの元へたどり着くまでわずか0.1秒。


流石にまだ、リボルバーから銃弾は発射されていなかった。

俺はすぐさまリボルバーをローズの手から取り上げる。


「キャァ」


あまりの勢いで取り上げたためローズはその場で尻餅をつく。

何が起こったか理解できない感じのローズだが俺と目が合うと何があったのか理解したようだ。


そして、涙を流しながら懇願する。


「お願い、お願いよ……楽にさせて」

「ダメだ……生きろよ、死ぬ気で生きてみろよ」

「いやよ、もう……疲れたのよ」


「この分からずや!」と俺は怒鳴ろうとしてしまう。

が、体が言うことをきかなかった。


「あ、あれ?」


力が入らなくなり膝から崩れ落ちる。

そして、口いっぱいに何かが逆流してきた。

加速Gでよったのかと思ったが……吐き出したのは大量の赤い液体だった。


「ちょっと、サム」


ローズは血まみれになった俺を支えてくれる。


「よ、汚れるぞ」

「何を気にしているのよ。大丈夫?」

「あ……」


俺は喋ることもままならない状態になっていた。

すると、ウィンドウが現れる。

そこに映し出されたのは白桃だった。


「何これ?」


どうやらローズにも見える様にプロテクトを解除しているようだ。


「はじめまして、私はマスターのサポートを行っているAIで認証コード……はやめておきましょうか。名前を白桃といいます」

「え?白桃?」

「はい、どうやらロゼッタ令嬢は日本語が出来るようですね」

「ええ、まあ……ね。あ、私のことローズでいいわ」

「ローズですね、わかりました。では、ローズ、あなたは日本語が出来るということである程度の化学や科学の知識があるとみてもよろしいですか?」

「そうね、この世界の一般の人よりは知識があるつもりよ」


俺は白桃と会話するときは日本語を使っていた。

そして、またローズも日本語が使えるということでどうやら彼女も転生者であることは間違いなさそうだ。


「わかりました、ローズ。では、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「お願い?」

「はい、そこのマスターを看病してあげてください。足の骨は粉砕骨折してますし、内臓は破裂していますので生きているのがやっとなぐらいです」

「え?ちょっと、私よりも今すぐ死にそうなの?」

「はい。それとローズ。あなたとミックの病気は治りますよ」


白桃の言葉に反応するローズ。

しかし、それには少しばかり疑心暗鬼になっており、表情が凄みを増している。


「……どういうこと?」


それに対して白桃は淡々と治療の説明を始める。


「ナノマシンによる治療ですが、免疫系を攻撃し、徐々に弱めていくウイルスを駆除したのちに書き換えられたDNAを元へ戻します。瞬時に治るものではありませんが、即効性はありますよ。大体ですが、一晩で治ります」


どうやら話の内容はローズに伝わったのだろう。

どこまで内容が理解できているのかは分からないが、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。


「……ウソ」

「ウソではありません」

「じゃあ、私とミックは……」

「はい、治ります。……ですが、そちらのミックは早めの治療が必要でしょう。明日にはミックだけでもナノマシンが入った治療薬をお渡しします」


希望の兆しが見えると同時にローズの表情は一転、すごい笑顔で俺に話しかけてくる。


「サム、ねえ、サム、聞いた?今の聞いた?」


かなり興奮した状態で俺に詰め寄る。

が、俺は声を出すことすらできずに床で仰向け状態。

指一本動かすことができなかった。


「私とミックは助かるの。ミックは大きく成長してイケメンになれるのよ。私はサムのお嫁……」


と、ここまで言いかけて口ごもるローズ。


「コホン、まあ、まずはあなたの看病ね。アンネリーゼ、来て頂戴」

「はい、お嬢様」


すぐにどころか一瞬にして傍に控えるアンネリーゼさんはやっぱただ者ではない。


「ミックを私の部屋に連れてきて欲しいの」

「かしこまりました。して、サミュエルさんはいかがなさいますか?」

「私が連れて行くわ」


ローズはすぐに自己強化魔法を掛けて俺をお姫様抱っこする。


「サムも私の部屋に連れて行くから包帯と食事……重湯を準備して」


アンネリーゼさんにテキパキと指示を出すローズ。

その表情は生き生きとしており、俺は素直にカッコいいと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る