第2話 見覚えのあるような無いような後輩女子

 夕暮れの放課後。


 一人でトボトボ歩いてると、唐突に背後から声を掛けられた。


「瀧間蒼先輩……ですよね?」


「えっと……君は?」


 いきなりだったもんで、問いかけられてるのに逆にこっちから質問してしまう。


 そこに立っていたのは、俺と同じ学校の制服を着た女の子だった。


 目鼻立ちがくっきりとしていて、肩辺りまでで切り揃えられてる栗色の髪の毛が印象的な子だ。


 会話したことは……無い。


 いや、もしかしたら俺が忘れてるだけって可能性もあるから、一概に無いとも言い切れないが、少なくとも記憶を遡って見る限り、この子と仲良くした覚えはない。


 俺のことを先輩と呼んでくれてるから、一応後輩、つまり芥山高校に通ってる一年生だろう。


 後輩ともなると、余計に仲良くしてる奴の顔が浮かんでこない。


ほとんど初対面なはずだった。


 ――が、しかし、だ。


 彼女はわざとらしくシュンとしてみせ、ジト目で俺を見やってきた。


「私のこと、覚えてませんか?」


「え……」


「一度だけ会話したことがあるんですけど、記憶にもない感じですかね?」


「一度だけ、か……」


「その顔、『一度会話しただけで覚えてもらえるとか虫のいい話があると思うなよ』って思いが見え隠れしてます。忘れちゃってますか、私のこと」


「い、いやいや、そんな過激なこと思ってないからね? そこは勘違いしないでくれよ?」


 言いながら、俺は「ごめん」と付け加えた。


 覚えていない。完全に忘れてる、この子のこと。


「はぁ。なら、仕方ないですね。大丈夫です、安心してください蒼先輩。私、ちょっとくらい忘れられてても根に持ったりとかしないタイプの女子なので。重くないタイプなので」


「あ、う、うん」


 何のアピールだ。


「ですから、ぜひとも次会った時は名前覚えてくれてると嬉しいです。あ、もちろん仮に忘れてたとしてもまた教えてあげますので、安心しててくださいね。私は心が広くて、重くない、軽い女の子なので~」


「軽い女の子ってのを自称するのはどうなんだ……?」


「あ、違います違います。軽くはないです。一応これでもまだ男の人とそういうことはしたことありませんし、彼氏もできたことはありません。正真正銘のしょ」


「――っと、そこから先の情報は言わなくてもいい。君が軽い女の子じゃなくて、重い女の子でもないってのはよーくわかったから、そこから先のことは何も言わなくていいんだ。落ち着いて、冷静になるべき」


「……………。しょj」


「だからね! 言わなくてもいいって言ったよね!? ほら、ここ河川敷だし、ランニングしてる人とかいるからね! 余計な情報をよくわからない人たちにバラまくのはやめとこう! うん!」


 俺が少々焦り気味に言うと、名のわからない女の子はニヤーっと意味深な笑みを浮かべながら「わかりました」と返してきた。


 絶対わかってない顔。


 というか、本当にこの子は何者なんだ? いきなり俺に声掛けてきて。


「……まあいいや。とりあえず、名前教えてくれないか? 名前教えてくれたら思い出すってパターンもありそうだし」


「残念ですけど、それは無いですね」


「え、なんで?」


「先輩と会った時、私自分の名前を言わなかったので」


「えぇ……。そうなのか?」


「です。先輩とは……言うなれば、一夜の過ち的な展開で巡り会いましたので」


「はいはい。わかったわかった。そんなことした記憶ないから、変なこと言うのはやめようね。もう名前教えてね」


「あ、なんかめんどくさそうです。よくないんですよ、そういうの。女の子の相手はたとえ面倒でもある程度付き合ってあげないと~」


「自分で言うな、自分で」


「はぁ~、まったく先輩は困った人です~。後輩女子の経験人数を名前を知るより先に知ったくせに、こういうところはめんどくさがるなんて~。ヤるだけヤってピロートークをおざなりにするタイプですか~?」


「生々しい表現やめてってば。あと、経験人数は君が自分から言ったんだからな。俺は悪くない」


「先輩の経験人数も教えてくーださいっ」


「話の脈絡なさすぎだろ。何でそうなる。で、いいから名前の方教えてくれもう」


 俺が呆れかえって言うと、名前のわからない後輩女子はクスクス笑い、それから答えてくれた。


「私、凪原笹なぎはらささって言います。蒼先輩と同じ、芥山高校の一年生です」


「なぎはら……ささ、か」


 うーん。やっぱ記憶にないし知らない。


 まあ、本人も名前を明かさずに俺と喋ったって言ってたし、当然っちゃ当然か。


「じゃあまあ、俺の名前だけど……これ、言っといた方がいいのか? 君……じゃなくて、凪原さん、俺のこと思い切り下の名前で呼んでくれてるけど」


 問うと、凪原さんは首をフルフル横に振って、


「先輩の名前はフルで知ってます。あと、私のことは名字じゃなくて、下の名前+呼び捨てで呼んでください。お願いします」


「お、おう……。いいのか? ほぼ今日初めて会ったようなものなのに」


「私からしてみれば初めてじゃないですから。……あ、でも」


「……?」


「よくよく考えてみれば、新しくなった私とは蒼先輩初めてかもですね。髪の毛とか、ちょっと染めたりしたので」


「うわ。髪染めとか校則違反じゃん。もしかして非行少女?」


「違いますよーだっ。れっきとした真面目学生ですーっ」


 自慢の染めた髪の毛を触りながら、くるっと回る笹。


 その姿を見て、俺は確かになんとなくどこかで会ったことがあるような、そんな気がした。


 具体的にどこでどうやって出会ったのかまでは思い出せなかったけど。


「……でも、非行少女ではないですけど、私いい子とは言えないかもです」


「え? 今真面目って言ったのに?」


「もうっ。からかい禁止。そうじゃなくて」


「……?」


「……私、蒼先輩が彼女さんを盗られちゃったって知って、それで近付きましたから」

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