37_事件の黒幕
「ここだな」
「ええ、行きましょう」
アイビスとヴェルナーは、ベティを乗せた荷車を追って、街外れの屋敷に到着した。その屋敷の門に掲げられた家紋を見て、やはり、と顔を見合わせた二人は、門番を軽くのして屋敷に侵入した。
手入れが良く行き届いてはいるが、人の気配はあまりしない。住居としてではなく、
きっと、ベティが捕えられているのなら、人目につきにくい部屋だろう。
下手なことをしなければ傷付けられないとは思うが、やはりベティの身が心配なアイビスの足は自然と早まってしまう。
「アイビス、大丈夫だ。落ち着いて探そう」
「ヴェル…そうね、ありがとう」
不用心なことに、屋敷内に人影は少ない。気配を殺して怪しい部屋がないか調べていく。
街外れとはいえ、人目につきやすい正面の門に面する部屋ということはない。そう考え、まずは通りから死角になっている部屋を探す。
「アイビス」
「!」
廊下を曲がり、窓の外に鬱蒼と木が生い茂る区画に入ってすぐ、ヴェルナーが小さく声を上げた。
ヴェルナーが指でクイっと差した先には、他の部屋とは明らかに造りの違う重厚な扉の部屋があった。
「きっとここだわ」
「ああ、十中八九そうだろう」
恐る恐るドアノブを回すが、やはり鍵がかけられている。
(そうよね。簡単に開くはずがないわ。となると…)
アイビスは扉の構造を確認する。幸いにも、扉は部屋の内側に向かって開く造りのようだ。
それならば――
「ヴェル、離れてて」
「な!?おいっ、それは……」
アイビスは、素早くワンピースを片側に纏め、思い切りドアノブに踵を落とした。ガキィン!と鈍い音がして、鍵穴ごとドアノブが潰れた。間髪入れずに足を踏ん張って渾身の力で扉を蹴り飛ばすと、大きな音を立てて扉が内側に弾けるように開いた。
「いたわっ!ベティ!」
「アイビス様っ!」
ヴェルナーが声をかける間も無く、アイビスは室内に飛び込みベティの無事を確認すると、彼女の元へと駆けていく。
「アイビス様、彼女がティアです」
「まぁっ!間に合ってよかったわ…さあ、ここを出てチャーノのところへ帰りましょう」
状況を理解できずに目を瞬くティアと、力強く頷くベティの肩を抱き、アイビスは室内を素早く見渡した。
二人の他にも五人、年端も行かない少女たちが怯えるように肩を寄せ合っている。
(ベティとティア以外にこんなにも…!許せないわ)
メラリとアイビスの瞳に怒りの炎が宿る。そんなアイビスの心を落ち着けるように、ぽんっとその肩をヴェルナーが叩いた。
「全く……派手にやってくれる。この子たちの無事は確認した。あとは連れ出すだけだが……その前に少し掃除が必要らしい」
「――ええ、そうね」
一体どこに潜んでいたのか、扉が壊れる音を聞きつけて粗暴な男たちが慌ただしく室内に雪崩れ込んできた。
「なんだテメェら!」
「チッ、引き渡しはもうすぐだって言うのに…」
「やっちまえ!!」
口々に悪態を吐きながら、アイビスとヴェルナー目がけて殴りかかってくる男たち。
アイビスはベティに目配せをすると、素早く立ち上がって振り下ろされた拳を掌で弾いた。
「さ、こっちへ!危ないから離れて!」
ベティがティアたちに発破をかけて部屋の隅へと誘導してくれている。男たちが少女らを傷つけることはないだろうが、流石のアイビスも、少女たちを守りながらの戦いとなると分が悪い。彼女たちはベティに任せて目の前の敵に集中する。
「はぁっ!」
「やっ!」
「ぐふぅ!」
アイビスとヴェルナーは互いに背中を預けながら、次々に襲い掛かる男たちを沈めていく。
「す、すごい……」
ベティはその様子を部屋の隅から呆然と眺めていた。
ベティも随分と腕に自信をつけてはいたが、何せ実践経験がない。今日のためにみっちりとアイビスにしごかれてはいたが、美しくも見える二人の戦闘姿に憧憬の念を寄せる。
急展開に戸惑い、怯えていた少女たちも、彼女たちを連れ去り監視してきた男たちが次々に倒れていく様子を目にして、僅かな期待を瞳に宿し始めていた。
やがて、折り重なるように床に崩れ落ちた男たちを、ヴェルナーが素早く持参していた縄で縛り上げていく。
「ふぅ、思ったよりも順調に進んだわね。あとは……」
「やぁやぁ、一体全体これはどういうことかね?」
戦闘を終えて一息ついた矢先のこと。
パチパチと乾いた拍手をしながら扉の外に現れた人物を目にし、アイビスの表情が強張った。穏やかな声音に聞こえるが、貼り付けたような笑顔の奥の目が怒りに燃えている。
「ロリスタン公爵様……」
「アイビス嬢、それにヴェルナー君も。ここが私の屋敷だと知っての狼藉かい?」
アイビスを庇うように、ヴェルナーが素早く一歩前に出る。
ロリスタン公爵の後ろには、十人は下らない人数の男たちが下品な笑みを浮かべている。
ヴェルナーは歯噛みしながら、キッとロリスタン公爵を睨みつけた。
「やはりあなたが、誘拐事件の黒幕だったのですね」
「んん?なんだいそれは。とんだ言い掛かりだね」
「しらばっくれるつもりですか?この屋敷に少女たちが閉じ込められていたことが何よりの証拠だ。やはり、彼女たちを売るつもりだったんだな――アステラス帝国の大公爵殿に」
シン、と水が打ったように静まり返ったあと、堰を切ったようにロリスタン公爵が笑い始めた。
「ははは!そうか、そこまで気づいていたのか。もう隠し立てすることはできんな。そうだ、この子たちは大事な商品。大公爵はね、幼い少女たちに身の回りの世話をさせることが好きなんだよ。庇護欲をくすぐる存在に囲まれて過ごすことが何よりの幸せだとよく語って聞かせてくれてねぇ。だから、彼のために用意したんだよ――十年前には失敗したがね」
そう言って、ロリスタン公爵は細めた目でアイビスを見据える。
アイビスは毅然とした態度でその視線を真っ向から受け止める。その様子に、ロリスタン公爵の額にはビキッと青筋が浮かんだ。
「アイビス嬢、君は本当に目障りだ。私の計画をことごとく邪魔してくれる。十年前だけでは飽き足らず、再び誘拐の邪魔をする始末。夜会に乗じて始末しようとしても刺客たちは返り討ちにあって役にも立たない。ああ、本当に怒りでどうにかなってしまうところだったよ。大公爵がわざわざいらっしゃるというのに、手土産の一つも渡せないなんて、そんなことは許されないだろう?だから身寄りのない子供を何人も身請けして、その中から数名をこうして育て上げていたというわけさ」
「あなたは……そんなことのために孤児院を支援し、何人もの子どもたちをカモフラージュのために引き取ったというのですか?」
「ああ、そうさ。十年越しの計画だ。何年もかけて子供を引き取っては立派に育て上げて送り出す。そうして高尚な人物像を作り上げて行ったのさ。長かった、実に長い十年だった。ようやくその努力が報われる。そのはずだったというのに……!!」
唸り声を上げながら、額に手を当てて天井を仰いだロリスタン公爵は、ゆらりと一歩後退する。
そして、出番はまだかとニヤニヤしていた男たちに命令を下した。
「此奴らを亡き者にしろ!」
続々と室内に男たちが侵入してくる。背を預け合うアイビスとヴェルナーを取り囲むように、ジリジリとにじり寄っていく。彼らの手にはギラリと光る短剣が握られており、アイビスの背に冷たい汗が流れる。流石に劣勢すぎる。
「そこまでだ!!」
今にも男たちが飛びかかりそうになった瞬間、凛と通る声が室内に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます