第4話 第三章 吉凶必滅



 週に一度は来店し、昼間からビールを飲んでタバコを吸う彼女は、この店が気に入ったのか、10年近く通っている。

 最初は度し難い注文に驚いたが、別に拒否する理由もない。言われるがまま、僕は接客し続けた。

ーーーーーーーーーーーーーーーー


 頭部の鈍痛と共に目が、醒める。

 開きっぱなしのカーテンからは朝日が入りっぱなしになっている。

 っうー、頭がそれにしても、痛い。

 布団から這い出してみると、何故か全裸。

 私に全裸で寝る癖は無い。

 謎である。

 とりあえず、シャワーを浴びる事とする。

 頭からお湯を被り、それに浸る。

 気怠さも流されていくような感覚はあるが、頭痛は流れてくれない。

 それでも10分ほどそのまま過ごし、バスローブを羽織って寝室に戻る。

「朝食とコーヒー、持って来てやったぞ。」

 声が、聞こえた。

「へ?」

 素っ頓狂な声が漏れてしまう。

「喰えるか?無理せんでもいいが。」

 …、…、…。

 …!!

「なんであんたがここに居るのよ!!」

 じろり、と半眼で睨まれる。

「昨日の事、覚えてるか?」

 昨日ーーー。

 帰りに、シックススと喫茶店兼バーの「白溺」に寄って。

 初めてお酒を飲んで。

 物凄く美味しくって-----。

 朝だ。

「大丈夫、全部覚えています。」

 頭痛をおして笑顔で答える。

「なら、良かった。強姦されただなんだ言われるのでは無いかと気が気でなかった。」

「強姦…。」

 寝起きの、全裸。

 …、…、…。

 …!!!!

「え!?したの!?」

「全部、覚えているのでは無いのか?」

「お、覚えているに決まっているじゃ無いですか。」

 無意味に意地を張ってしまう。

「なら良い。酒の量ぐらい自分で調節出来るようになりなさい、生娘。」

 呆れた顔でそう言い残して、彼は部屋を出て行った。


 彼が持ってきた朝食を(渋々)食べ、コーヒーを飲み、身形を整え一階フロントへ。

「…行こうか。」

 何事もなかったかのように、シックススは言う。

 なんとなく、腹が立つが、私も黙ってついて行った。

 夏の朝の日差しは、刺すよに鋭く、二日酔いの人間に優しくない。

「うー、頭が。死ぬ…。」

 呻く私を見て、シックススが笑う。

「あー、馬鹿だ。馬鹿だ。おっかしー。」

 腹立たしい事この上ない。

「死ね。」

 呪詛を吐く。

「お前が死ね。」

 呪詛を返される。

 朝は、二日酔いの人間に優しくないのだ。


「以上が、報告でした。」

「緑の地」の職員が、そう言って話を締める。

 ここは市街地から少し離れた山の中の緑の地が運営に関与している病院。

 話が難しすぎて、軟化した頭に入ってこない。

「長い。バカでもわかる様に三行でお願いしたい。」

「無視していいですよ。ありがとうございました。」

 苦笑いしながら去っていく女性職員。

「人がさ、せっかく面倒な事を理解しようとしてるのに…。」

「…まぁ、その頭なら無理か。」

「どういう、意味ですか!?」

 思わず怒鳴る。

「いや、二日酔いで、って意味。」

「なら、許す。そもそも原因はアンタだし。」

「そうかなぁ…。」

 遠い目をしている。

「まぁ、いいや。要は、」

 死体と昨日の半死体の体内から薬物が検出された事。検出された薬物は一昨日のソレの効果の10倍以上あり、一度でも使用すれば身体的にも精神的にも重度の依存を起こし、真っ当な意識がなくなるものだった。

また、半死体の方は異端化しだしており、この薬物によるものではないかと推測される。

 そしてこの危険脱法薬物の原料は過去に類似した薬もなく、不明。 

 との事だ。

 要約してこんだけ長いのかぁ…。

「あとな、獣耳の少女が彼らを殺して生殺しにした訳だけどな、正確な事がまるでわからない。面倒事が増えるとアレだから、本部にはボカして説明したが…、多分、薬物の出所とは敵対してるだろうな、とは思う。」

「けど、敵の敵が味方なんてわけでもない。」

 現に襲われたし。

「とりあえず、私達は薬の出所、探しますか。」

そう言って、立ち上がる私に、シックススは錠剤を差し出す。

「何?」

「頭痛薬。飲むと楽になる。」

 なるほど。

 がーーー

「なんで、このタイミングで?」

「良いタイミングだろ?」

「もっと早くよこせよ。」

 呆れた顔をされる

「すぐに治ったら、罰の意味がない。」

「意地悪い。」

「優しさだけが、人付き合いじゃないんだよ。」


 頭痛薬を服用して、数時間もすればある程度は楽になるもので。

 その頃には日も中間よりは傾いていた。

 でーーーーーー

「またここ。」

「あぁ。トラブルがあるならこういったとこだろ。」

 昨日に引き続き荒れた路地裏を共に歩む。

「自分からトラブルに関わりたくない。」

「そうだな。だが関わらないと任務が終われない。」

 ごもっともなことを言われてしまう。

 関わらにゃならんのか。

 居場所のない人間の集ったゴミゴミとしたスラムを歩む。時折虚無僧を見かけ、他にも新興宗教の神父や、けったいな格好の修道女を見かける。

 そのどちらにも、人が群がって拝んでいる。宗教にのめり込みすぎて、全てを失ってここでダンボールハウスで暮らすことになった奴もいるだろうに、全てを捨てて尚、と言うか全て捧げて尚と言うか。なんて、愚かしい。

 しかしーーーー

「群がってる奴ら、其処まで服装が汚くない…。」

「あぁ、それに、若者が多い。」

 同意される。

 まぁ、チンピラ風味ばっかですが。中には陰気なのも居るといえばいる。

「君、存外出来る方なんだな。」

「存外って。存外って。」

「ん?あぁ。やる気なさそうだから。」

「そりゃそうでしょう。誰が好き好んでこんな仕事!こんな汚い町に派遣されたり、切った貼ったさせられたり、ったく、嫁入り前なのに!」

「お前が選んだ仕事だろうに。受け入れろ。そもそも嫁入り前とか言ってる割に、口調も乱暴で嫁入り前気にしてるように見えねぇ。せめて女らしい言葉遣いしたらどうだ?」

「大きなお世話だよ!そもそも誰がこの世界に引き込んだんですか!?」

「其処は成り行き。でもあそこを出るって決めたのは君。」

 自分には責任がない、そんな風に聴こえて腹が立ってくる。しかし、文句は、言えない。

 確かに、そうだから。

「あー、っとに。何が悲しくて、こんな汚い街で、自助努力もなしに救って貰おうとする馬鹿者達の調査をしなきゃなんないんだか!」

悔しさ紛れに、大声で言い放つ。

「…馬鹿は、君だ。」

 頭を抱えるシックスス。

 なにがーーーーーーって。

 あたりの空気が冷えっ冷えな事に気がつく。

 虚無僧に拝んでいた、老人や壮年の女性が、睨んでいる。

「あんったになにがわかるって言うの!!」

 のしのしと歩いて来て、私に張り手を振るう。

 左手でガードして足払いか。冷静に、捌き方を考える。

 が

 乾いた破裂音が響き、私と主婦の間に割って入ったシックススが私の代わりに叩かれていた。

「すいません、これは、こちらの失言でした。だから、これで、許してください。」

 殺気が、溢れる。

 たじろいだ主婦や、老人達が去っていく。

 私の方こそ、コイツが庇ってくれた事に動揺していた。

 防ぐ気になったら、叩かれないで防げたくせに。

 シックススは、私の手を握り、先導しだす。

「いくぞ、愚か者。」

「ごめん。」

「いいよ。だから、いこう。」

 暫く、無言で歩き、人気の無い方へ。

 唐突に、繋いだ手を離される。

「見たか?」

「何を?」

 唐突過ぎて、なにも分からず。

「本当に信仰心が強いとな、信じてる神を馬鹿にされたらキレるんだよ。」

 確かに、悲壮感あふれるおばちゃん、怒ってた。

「けどさ、新興宗教の神父に縋ってた奴らは見向きもしない。と、言うことは。」

 その神を、信仰をしていない。

 けれど、神父に縋る。救いを求めて。

 それはーーー

「は、は、お前ら、待てよ。」

 陰気な男と治安の悪そうなファッションの男に、震えた声をかけられる。

「ナンパ?」

「緊張感がない。」

 シックススが呆れる。

「デ、デ、デパックスの、た、ためだ!」

 治安の悪そうな、流涎滴る手の震えた男が懐から何かを取り出して、

「シックスス!!」

 私は、注意喚起の声を上げる。

 シックススに、男は体当たりをかます。

 その手には、ナイフ。

 マズい。

 モロに、ぶつかったーーーってない!?

 治安の悪そうな男は、顔面から地面に激突する。

 シックススは転んでいる男の手を踏みつけ、ナイフを蹴飛ばす。

「馬鹿と刃物はーーーってか。」

 そのまま後頭部を蹴り付け、失神させる。

「貴方も大概乱暴じゃないか。」

「加減はしてる。誰かさんと違って。」

 陰気男は動かない。

 シックススは蹴り飛ばしたナイフを拾いに行く。

「中毒症状っぽいの出てるから、緑の地に連絡してくれ。俺は周囲を。昨日の二の舞は御免だ。」

 そう頼まれ、私も携帯を出し、ポチポチと。

 コールする事3回目。

「此方は、緑の地、至空市支部、七瀬。」

「もしもし、派遣中のセカンドですが。」

 と、やり取りしてる間に。

 陰気な男が倒れている治安の悪そうな男の体を弄っている。

 なんだ?

 携帯で電話をして、気づかないふりを続けて、観察する。

 不意に。陰気な男が。

 治安の悪そうな男の首に、噛み付いた。

 状況が理解できず、固まる。

 見る見る広がる血の水溜りと鉄の匂い。

 ケータイを切り、ナイフを構える。

 異端物だったのか、成ったのか。

 さて、どうしたもんか。生かすべきか、殺すべきか。

 迷ってる間に手遅れになるのが一番マズい。

 陰気な男だった物の後ろ襟を掴み、引き倒す。

 それでもコイツーーーいや、コレは私よりも、血を求めて起き上がろうとする。

 ひゅうひゅうと音を立てて微弱な呼吸をする治安の悪そうな男。こいつも異端とは別の意味で人から物になろうとしている。

 片方を救えば片方は死ぬ。

 どうするべきか。

 共存できないなら、まだ、人である方を救うべきか。

 そう決めれば。

 躊躇う事無く、私は血飲子にナイフを突き立てた。

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