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──十二日前──


「あれから三日は経ったけども、毎日特選牛乳を買ってここまで来ることについて、誰かに怪しまれたりはしないのかい? ……いや、そもそもの話、機械人類アンドロイドって食事するのか?」


 屋敷中のホコリを一掃し、綺麗になったソファーの上に寝転がりながら、ユーリ氏がそう尋ねてきました。

 側のテーブルや床には特選牛乳の空き瓶や薔薇を活けた花瓶、紙の書物などが散乱しており、彼の発言では『退廃的』、私の知るボキャブラリーからすると『だらしがない』状態になっていました。

 空き瓶と書物の片付けと並行して、私は先ほどの質問に返答します。


「旧式、あるいは労働用の機械人類アンドロイドには搭載されていませんが、私のようなチャイルノイドや最新式の機械人類アンドロイドには食事機能が標準搭載されています。それに、両親は今の私の状態を喜んでいるようです」


「……喜ぶ? どうして?」


「詳細は不明ですが、その件に関して質問したところ『私が意図的に嗜好品を買っている』という事実が、両親にとっては喜ばしいとされているようです」


「何だって?」


 彼は目を見開いて起き上がると、しきりに首を傾げました。

 しばらく唸っていたものの、やがて何かに気付いたのか、「ちょっと」と私に話しかけてきました。


「君、チップ……じゃないな。この国だと何と言ったか……」


「……『お小遣い』でしょうか?」


「そう、それ。ちゃんと貰ってるのか?」


「はい。月に一度、一般家庭の統計データの平均値の金額を頂いています」


「いつもは何に使っているんだい?」


「常に貯金して、タッチペンのペン先などの消耗品の補充に使用していました」


「……だと思った。本とか、人形とか、あとは……とにかく趣味のもの、嗜好品ってやつ? そういう物は一度も買ったことがないと?」


「はい。どうしても必要性を見出すことができなかったので。それに並大抵のことはインターネット上のライブラリで閲覧可能なので、殊更に何かを欲する必要はありません」


 記憶領域メモリー回想再生すると関連していると思わしき記憶をサルベージできたので、その情報も追加しました。


「……幼少の頃に両親から玩具を買い与えられたことはありますが、私が一切の興味を示さなかったので、現在は全て廃棄処分されています」


「……ああ、そう」


 すると私の回答が気分を害してしまったのか、彼は読書へと戻ってしまいました。

 ……記憶領域をサルベージすると、同じような出来事がいくつもありました。

 両親も、友人も、シンギュラリティに到達した他のチャイルノイドたちも。

 私が何か発言したり会話したりすると、一般的に『怪訝な顔』『不機嫌』『不気味なものを見る』と表現されるような反応が返ってきます。

 私には、その理由が理解できません。


 私はただ、事実、あるいは主観からなる会話や回答をしているだけです。

 そこに、相手を害するような要因はないはずです。

 なのにどうして、こうなってしまうのでしょうか?

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