第43話 らしく生きる

 文化祭が終わり、期末テストも終わったとある放課後。俺は三好 京子に捕まっていた。


「何度も聞くが、なぜ委員会活動に参加しない?」

「参加していない訳じゃないです。ただカウンセリング室に入っていないだけで―――」

「活動するべき場所に居ないで、どう活動すると言うのだ!」


 三好 京子が机を強く叩く。その音に職員室内の教師たちが両肩を大きく跳ね上がらせる。


「前回も理由を話さずだったな。戻って来たから良かれと思っていた私が浅はかだった……」


 目頭を押さえる三好 京子に、教師たちは冷や汗を流しながら事の成り行きを見守っていた。


「そんなにあの委員会が嫌なのか?」

「いえ。別にそう言う訳ではないです」

「じゃあ何なのだ?」

「……俺はあそこには行けません」


 俺は文化祭で亀水 咫夜の母親、亀水 巴と邂逅した。

 それはあまりにも唐突で、あまりにも予想通りだった。恋心を抱く相手の親から、近づくなと言われたら、デリケートな時期の人間にはショックが大きすぎる。

 幸い、俺はこの事態を予想していた。だから痛みは少ない。ただ、タイミングが悪かった。もっと早く、例えば入学式のときにでも、この事態が訪れたのならどれほど楽だっただろうか。この恋と言う心の病を発病した今この瞬間に、予想していた出来事が起きたことはただただ残念だった。


「亀水の母親の事か?」

「聞いたんですか……」

「ああ。亀水本人から聞いたよ。お前と亀水との関係性もね」

「なら分かるでしょう? 俺が言わんとしていることが」

「分かるさ。私も伊達にこの歳まで生きている訳では無いからな。だが……だからこそだ」

「先生は……何故そこまで俺にあの委員会を手伝わそうとするんです?」

「今はそれを答えるべき時じゃない」


 職員室内の空気がひりつくのを感じる。

 この場に居合わせている教職員たちが唾を飲み込む沈黙の最中、職員室の扉が叩かれた。


「失礼します」


 入って来たのは明井 奈々と酒井 僚太だ。

 二人は職員室内の異様な雰囲気を感じたのか、俺と三好 京子を交互に見る。


「何だ?」

「えっと……お取込み中……でしたか?」

「あぁ……いや、気にしなくていい。話は一区切りついた。それで? 何の用だ?」

「それじゃあえっと……ちょっと相談したい事があるんですが」

「相談ならカウンセリング室に宿毛達が居るから―――」

「いえ、これは先生に聞いて欲しいんです」

「なら……場所を移そうか」


 そう言う事で、俺と三好 京子は二人と共に職員室横の応接室に移動した。


「それで……相談とは?」


 明井 奈々曰く、先日から体調不良で休んでいる長生 内斗のお見舞いに行きたいと。しかし酒井 僚太を含めた彼女の周りでは、長生の家の住所を知っている者が居なかった。その為、担任である三好 京子に長生の家の住所を聞きに来たらしい。


「駄目だ」

「はぁ? 何であんたが拒否すんのよ」

「松瀬川、何故だ?」

「先生? 何で先生がこいつの許可を必要としてるんですか?」

「まあまあ。……松瀬川、話せ」

「奴の名前に傷が付くからです」

「ませっち。一体それはどういう―――」

「名前ねぇ……。長生の名か?」


 頷く。

 俺の言いたい事、俺の知っている事は長生 内斗にとって不利益になるという事。

 それから、三好 京子の言った長生の名とは今の奴の父親の事。この二つが関係する事とは即ち親子関係。

 俺は二人にこの問題に対して関わらせるべきではないと判断したのだ。


「確かにね……」

「えっと、ませっちも先生も……俺たちには全く話が見えないんだけど」

「明井、酒井。お前らには友を想う優しさはあるのか?」

「勿論です! それがあるからここに居るんです」

「酒井は?」

「俺も奈々と同じです」

「うむ。だそうだが? 松瀬川」

「最初からそうですけど、俺に決定権はありませんよ」

「よし! そう言う事だから、後の事は松瀬川、お前に任せる」

「え? 良いんですか? 先生。こいつなんかに任せて……」

「ああ。同じ学生同士、目の前の同じ問題を協力しながら解くと良い」


 そう言って三好 京子は立ち去った。



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