第29話 結局、拳で語るに限る

 夏休みも終わり、暑さも背を向けだした頃、とある人物がカウンセリング室に尋ねて来た。


「ちょりーすっ!」


 なんか騒がしい奴が来たな……。

 勢いよく入室して来たのはクラスメイトの酒井 僚太だ。古臭い挨拶でにこやかに笑う彼を、俺たちは少し鬱陶しく思いながらも招き入れる。

 てか何だよ、ちょりーすって……。チョリソーの親戚か何かか?


「どういったご用件で?」

「いやー、ちょっと恋愛相談に乗って欲しくてさー」

「はぁ……」

「ため息!?」

「あのね……。ここは恋愛相談所じゃないのよ……」

「え、でも何でも相談に乗ってくれるんじゃ……」

「誰がそんな事を―――」


 俺は気付いた。酒井 僚太が見つめる先に亀水 咫夜が居ることを。そしてその彼女はというと、冷や汗を流しながら目線を泳がせていた。

 わざとらしい焦り方だな、おい。今の時代、漫画でもそんな焦り方しねぇぞ? あと口笛下手過ぎないか?


「咫夜さん……」

「いや、だってあたしのを聞いてくれたじゃん? だから良いのかなって思って……」

「あなたのは少し違うでしょう……。それに、だとしても悩みを聞いたのはあなただからよ?」

「え、そうなの? あたしだから聞いてくれたの?」

「そうよ」

「鈴ちゃーん!」

「ちょっと! くっ付かないで!」


 いちゃついているお二人は置いておいて。酒井 僚太は真っすぐにこちらを見つめ、如何にも助けて欲しそうな目で訴えかける。

 軽い感じだったが一応、彼なりに本気で悩んでいるみたいだ。


「別に良いんじゃねぇの? カウンセラーの補佐とは言え、独立した委員会ではあるし、何より相談委員って謳っている以上、相談を聞くことくらいはしないとな」

「まあ……それもそうね……」

「ませっち……」


 誰がませっちだ! てめぇにそんなあだ名で呼ばれる筋合いは無いぞ。てか一応俺の名前、知ってんだな。なんかちょっと嬉しい……。いやいや、それでもそのあだ名は嫌だわ。


「それで? 相談ってのは……」

「それが……。俺……明井の事が好きなんだ……」

「えぇ……」

「え!」

「あら、そう」

「え? なんか宿毛さんとませっち反応薄くない!?」


 そりゃそうだろ。宿毛は明井 奈々と親しく無いし、俺に至っては彼女の方から関わりたくないという風な視線を向けられているしな。凄いんだぜ? あのゴミを見るような目つき。宿毛といい勝負だ。

 そんなうっすい反応を見せる俺と宿毛、それとは逆に亀水は楽しそうな表情を浮かべていた。


「え? え? いつからなの? あたし全然、気付かなかったんだけど!」

「それはな、あれは夏休みのバイトのとき―――」

「あーーー、勝手に回想を始めなくていいから、さっさと何を悩んでるのか言ってくれ。どうせ言わなくても分かる悩みなんだから」

「それが……どうやって彼女に気持ちを伝えようかと悩んでて……」

「あら、そうなの。全く予想通りね」

「……なんか、二人とも俺へのあたり強くない?」

「別に」

「そんなこと無いわ」

「ほ、ホントかなぁ……」

「そんな事はどうでも良いだろ。明井の事が好きだって言うなら、さっきの言葉をそのまま本人に伝えれば良いだけの話だ」

「それはそうなんだけどさ、俺はませっちみたいな勇気は何処にも無くてさ」


 なんだぁ、てめぇ……。嫌味か? 貴様ァ。おっと、危ない危ない。内なる格闘家たちが出てきてしまった。まあ、あれは勘違いされても仕方ないからなぁ。実際、亀水 咫夜はこれを狙っていた訳だし。俺が怒る資格は無い。

 因みに、偽りの告白のその後は大したことは無かった。周囲からの嫌がらせは止まり、俺も亀水も普段通りの生活に戻っていた。ただ一つ気になるとこがあるとすれば、周囲の人間がわざとらしく感じることぐらいだ。

 今まで完全な空気だった俺への視線が、今は敢えて意識しないようにしている感じがするのだ。これはあくまで俺の直感なので本当にそうなのかは知らない。だが、妙に視線を感じるのに感情が遠いのは確かだ。

 少しばかり気持ちが悪い。


「だったら諦めろ。どうせ結局は言わなきゃいけないんだ。その気が無いんだったら相手はただただ迷惑だ」

「鈴ちゃん。なんだか松瀬川君がかっこいいこと言ってる」

「違うわ、咫夜さん。あれは酒井君を想って言っているのではなくて、関わるのが面倒臭いから投げやりになっているのよ」

「そうなんだ……」


おい、そこの二人。聞こえてるぞ? コソコソと話しているつもりかもしれないが、しっかりと聞こえているからな? まあ、確かに? 心のどこかでは面倒臭いと思ってはいるが? それもちょっとだけだぞ? ちょっとだけ。


「学校のアイドルに告白した人間は重みがちげぇ……。けど……そうだな。言わなきゃ分からないもんな! ありがとう、おかげで勇気が出たよ。ませっち……いや、師匠!」


あんなのでやる気が出んのかよ……。チョロいなぁ、こいつ……。


「まあ、頑張れよ」

「はいっ! 師匠!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る