第27話 道化師は笑う。おとぎ話は続く

「それじゃあね」

「戸締り、よろしくね」

「ああ、じゃあな」


 明院寺との久しぶりの顔合わせを終え、早めに委員会活動を打ち切る事にした俺たち。騒動のこともあるので、二人は先に帰らせる事にした。またいつ、あいつに二人で居るところを撮られるか分からない以上、なるべく亀水とは一緒に居ない方が良いと判断した為である。


「どうしたもんかなぁ……」


 差し込む夕日に照らされながらひとり孤独に考えていると、おもむろにカウンセリング室の扉が開かれた。


「二人はどうした?」


 明暗のはっきりした影から出てきたのは三好 京子だった。


「特にやる事も無いので先に帰りました」

「なんだそりゃ。でも、それも仕方ないか……」

「先生もあれを見たんですか?」

「ああ。お前的には大変な事になったな」

「全くです。学校側から何か対応はあるんですか?」

「無い」

「ですよねー。ただの生徒間の恋愛沙汰に、教師が首を突っ込むわけないっすよねー」


 恐らく理由はそれだけじゃないだろうが、なんにせよこの件に関しては俺たち内側の人間が解決しなければならない。

 しかしどうやって解決すれば良いのか分からない。一般的な高校生がスキャンダルの解決方法なんて考える訳ないし、考えても答えなんて出せる筈も無い。

 あーー……。面倒臭くなって来た。亀水の言う通り、このまま沈静化するまで鳴りを潜めても良いかもしれない。


「いや、駄目だ」

「何をそんなに悩んでる」

「どうやったらこの騒ぎを鎮めれるかです」

「簡単だろ。そのまま付き合えば良いんだ」

「簡単じゃないし、それじゃあ駄目なんですよ」

「ん? そうなのか?」

「そうなんです。じゃないと彼女への罪滅ぼしが出来ない……」

「うーん……。お前と亀水の関係を詳しく理解していないから、あまり踏み込んだことは言えないが、これだけは言える。あまり考えすぎるな。問題は意外と簡単だったりする。お前は本質をしっかりと見定めることが出来る人間だ。だが時に考えすぎて空回りするような人間でもある。だから肩の力を抜け」


 三好 京子の言葉は、驚く程すんなりと俺の中へと入って来た。とても教師らしく、また、とても彼女らしくない言葉ではあったが、おかげで眉間に入っていた力が抜けた。


「ほら、もうすぐ下校時間だから出ろ」

「あ、はい」


 荷物を纏め、カウンセリング室を出る。鍵を閉めている三好 京子に、少し気になっていたことを聞く。


「先生」

「なんだ?」

「今日、何かあったんですか?」

「何故、そう思う?」

「いや、なんか……いつもより大人しいから」

「失礼な奴だなぁ。いつも私が暴れているような言い回しだな。私だって他人の悩みには真面目に聞くさ」


 そう言って鍵を閉め終えた彼女の横顔は、どこか暗かった。これはきっと夕方で廊下が暗かったからでは無い。悩みを聞くような人間の表情では無く、むしろ悩みのある人間の表情に近かった。


「それじゃあ、気を付けて帰れよ」


 振り返らずに手を振り去っていく彼女に、俺はお辞儀をして帰った。それは悩みを聞いてくれた感謝の意味と、悩みを持ちながらも職務を全うする彼女への励ましの礼だった。



 * * *



 三好 京子と別れたその後の帰り道、校門付近で見覚えのある人物と目が合った。


「ん? あれ? 君……二組の松瀬川君だよね?」

「えっと……」

「俺だよ! オレオレ!」


 え? マジで誰? 新手のオレオレ詐欺? 最近のオレオレ詐欺は電話越しじゃなくて対面で引っ掛けにくんの?


「三組の沢田だよ。亀水さんからの返事、君が持って来てくれただろ?」

「あぁ……。そう言えば……」

「思い出してくれたか! あのときはすまん。碌に礼もせずに」

「いや、別に礼を言われる程の事じゃない」

「いやいや、そんなこと無い。もし君じゃなくて亀水さん直々に渡しに来ていたら、俺は今もきっと立ち直れていなかった。大切な事でも、時には間に人を通すってのも大事だって気付けたよ。サンキューな」

「いや……まあ……。別に……」

「それより、今、大変なことになってるな」

「ああ、まあ……そうだな」

「頑張れよ」


 俺は彼の言葉に驚いた。


「妬んだりしないのか?」

「嫉妬していないと言うと嘘になるけど、少なくとも騒ぎ立てるようなことはしない。だってもう当たって砕けた後だしな。知ってるか? 彼女に告白した男子の中で、涙を流した奴は一人も居ないんだぜ?」

「不思議だな」

「だろ? 俺もそう思う。でも、なんとなく分かるよ。彼女は俺たちに最大限、寄り添った上ではっきりと答えるんだ。賢い男ならそんな態度を見てこう思う筈だ。ああ、俺の入る隙は無いんだなって。そう直感するから涙が出ないんだと思うぜ?」


 そう話す沢田君の横顔は、あのとき見た顔よりもずっと大人びていた。

 沢田君はそれに、と続ける。


「今、騒いでる奴らは一度も彼女にアタックしたことが無い奴ばかりだ。告白する気も無いのにアイドルだとたてまつる。ああいう奴らは彼女をコンテンツとしてしか見ていないんだよ、きっと。だからあんなにも潔癖なんだ。誰も彼女の幸せなんか願っていないんだ。だからさ、外野で騒いでる奴らの言う事なんて気にする必要は無いぜ」


 その言葉を最後に彼は、後から合流した友人と共に帰路についた。

 最初は詐欺か何かかと思ったが、話してみると意外に良い奴だった……。彼の隣に立つ友人が羨ましい。俺もあんなすっきりとした友が傍に居れば、こんな性格にはならなかったのかなぁ……。いや、違うか。こんな性格だから友人が居なくなったんだった。逆でした、テヘペロ。


「………帰るか」



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