第15話 俺の嫌いな過去

 明くる日、教室は普段よりも騒がしかった。理由はこの学校の人気者、桐原 内斗の誕生日だからだ。皆が皆、誕生日プレゼントを用意して本人がやって来るのを、今か今かと待ち望んでいるに違いない。能天気な奴らだ。

 おさげの子を助けると意気込んだは良いものの、具体的な解決案はまだ見えていない。こんなことならスマホにでもいじめの様子を録画しておけば良かった。この一年間、何度もいじめの現場に遭遇したのに何もしてこなかった。初めて他人に興味が無いことが裏目になってしまったと感じた。

 机に突っ伏してあれこれ考えているうちに、今日の主役である騎士様がやって来た。


「おはよう」


 相も変わらず清々しい奴だ。その後ろには女王も控えている。

 桐原 内斗はいつも通り、人当たりの良い笑顔を見せながら挨拶をする。奴の挨拶が皮切りとなって、クラスの連中が一斉に祝いの言葉とプレゼントを渡し始める。まるでバーゲンセールに群がるおばさんみたいだ。

 俺はこの様子を見て、少し気味の悪さを感じた。桐原の人気は異常だ。クラスのほとんどが奴に心酔している。あいつが自分自身の人気度を悪用するような人間じゃなくて本当に良かった。やろうと思えば国家を揺るがす程の巨大な宗教団体の教祖にでもなれるだろう。

 奴のカリスマ性と人間の依存性が噛み合うとこんなにも恐ろしいのか……。


「そうだ! ナイト君、みんなで記念撮影しようよ!」


 そう言いだしたのは女王。そしてその提案を騎士様は飲み込んだ。他の奴らも嬉しそうに首を縦に激しく振る。おさげの子は関わりたくないのか本をずっと読んでいた。

 ん? ちょっと待てよ? そうか! クラスの奴らは皆、桐原に酔っている。それは女王も例外ではない。何故か今まで俺は女王は別だと認識していた。だが違う。女王も他の奴らと同じ群れの一部だ。中心なんかじゃ無い。そしていじめが止まらない理由は、心の拠り所である桐原 内斗がいじめを認識し、いじめている相手を拒絶しないからだ。

 桐原 内斗は良い奴である。だがそれ故に良いも悪いも受け入れてしまう。例えば奴の近くの人間が罪を犯しても、奴は罪を拒絶することはしても罪を犯した本人は拒絶しない。それは奴が良い奴だからだ。しかしそれが今、仇となっている。奴は頭が回る。恐らく誰がおさげの子をいじめているのか薄々気づいているに違いない。だがそれでも張本人に対して何も言わないのは奴が良い奴だからだ。相手にも事情はあって、年齢もまだ若く若気の至りということもある。あまり大きな問題にするといじめている側にも害が及ぶ。だからなるべく穏便に済ませようとする。

 だが現実は違った。女王は桐原に酔っている。依存している。だから女王が一番避けたいのはいじめがバレることじゃない。桐原に拒絶されることだ。いや、もっと正確に言うなら奴と奴が中心になって作られているそのテリトリーから外されることだ。

 だからいじめは止まない。加害者が群れの中に居る限り。


「君たちも一緒に撮ろうよ」


 桐原は俺とおさげの子に向かって言う。俺に対してはともかく、おさげの子には自分の群れの中に引き込もうとしているのだろう。それが安全だと思って。

 悪くない。だが今は悪手だ。


「別に入りたくないなら入らなくて良いんじゃない?」


 女王は続ける。


「だってそいつらナイト君のこと祝ってないじゃん。だったら要らないでしょ?」


 女王が本を読んでいるおさげの子に近づき、その読んでいる本を取り上げる。


「あ、ちょっと!」


 読んでいた本を取り上げられたおさげの子は、その本を取り返そうと腰を浮かす。その直後に女王は俺の足元に向かって、手にした本を投げつけた。


「学校って協調性を学ぶところでもあるの。あなたみたいな協調性の無い人間を見ると虫唾が走るの。消えて」


 静寂。誰も何も言わない。それは相手が女王だからじゃない。ここで口を開けば群れの中から蹴り出されると不安に思うからだ。だから見て見ぬふりをする。

 気持ちが悪い。

 ゴミを見るような女王の目つき。悲しそうに顔を伏せるおさげの子の眼。そしてそれを見ようとしない複数の視線。どいつもこいつも気持ち悪い。傍観者であれば安全だと思っている奴らが、誰も言い出さないからと自分が正義かのように思っているこいつが、不快だ。

 こんな奴ら、消えればいいのに……。


「確かに協調性って大事だよな」


 この場の視線が一斉に俺に向けられるのが肌に感じる。


「人間って一人では生きられないって言うし、他者と上手く協力できる能力は必要だよな」


 足元に落ちた本を拾い上げ、埃を払って折り目を直す。そしてその本を持ち主に返して立ち上がる。


「けどよ。そんなので個人が殺されるなら、俺は要らないな」

「何? 急に。気持ち悪いんですけど」

「だってそうだろ? 周りとは少し違うだけで群れから外されて孤独にされるんだ。だったらみんな孤独な方が幸せだろ」

「え? ホントに気持ち悪っ。何? こいつの事が好きなの? キモっ」

「好きじゃない。むしろ嫌いだ。こいつも、おまえも」

「ホント、キモいんですけど。話しかけないでくれる? あんたもこいつと同類だから」

「あぁ、仲間がいると安心だな。お前もそうだろ? 桐原 内斗が中心の群れに居ると安心だろ? みんな一緒ならなんだって出来るよな? いじめだって出来るもんな」


 いじめという言葉にその他の人間が反応する。彼らは口々に、教師に言われたいじめのことでは無いかと、そして女王が何か関係があるのではと小声で話している。


「はぁ? 何の事?」

「お前、こいつをいじめてたろ?」

「いや、そんなことして無いし。何か証拠でもあんの?」

「いや、残念ながらそんな物は無い。だがそんなものは、もう必要無い」

「は? 意味わかんないし」

「お前がいじめをしていたかなんてどうでもいい。ただ今彼女にやったことはいじめに他ならない。なあ? そう思うだろ? 桐原 内斗」

「……ああ」


 桐原は、俺や女王に目線を合わさずに答える。

 加害者がいじめを止めないのは、そいつがまだ群れの中に居るからだ。だったらそいつの群れでの立場を崩壊させ、群れの外へと引きずり出せば良い。その為には群れの総意がそいつを追い出すことに向かなくちゃならない。

 今のこの状況なら簡単だ。桐原 内斗が女王を切り捨てれば良い。あいつは良い奴だ。だがこの状況では首を縦に振らざる負えない。


「それから、お前はこいつがいじめの主犯だって勘付いてたろ?」


 桐原は無言だった。恐らくおさげの子も女王も護りたかったからだろう。だがその無言がその他の人間には肯定と映ってしまった。教室にざわめきが起こる。

 俺は女王に対して言った。


「協調性なんて言ってる割に、お前は周りを見ていない」

「そんなことないし……」

「いいや、そんなことはある。人間は群れで生活する生き物だ。その群れの中から追い出された人間は死ぬのと同じだ。だからみんな必死に群れの中で自分の存在価値を示そうとする。お前はその生存本能が高すぎる。だからSNSのいいねなんかの数が気になるんだ」


 何かを言いたげな女王は、その言葉に言い淀む。

 図星か……。


「木を見て森を見ずなんて言葉があるが、お前は森どころか木すらも見ていない。見ているのは木を見ている他人というレンズ越しの自分だ。そんな生存本能が高すぎる奴が、群れの中で安定した土台に乗ったとき、どうなるか分かるか? 攻撃するんだよ、他人を。お前が彼女に……宿毛 鈴にしていたようにな」

「何を出鱈目なことを言ってんの? 頭おかしいんじゃない?」

「そう思うなら、後ろを振り返ってみろ」


 俺の言葉通りに女王は振り返る。

 彼女が振り返って目にしたもの……俺が彼女越しに見ていたものが初めて見える。それは絶望だった。いつしか自分に向けられていた嫌悪の視線の数々。お前の居場所は無いと告げられているような残酷さが、彼女に向けられている視線から感じられた。

 傍観者とは時に巨大な力を持つ。それは彼らが謎の結束力で固まっているからだ。傍観者とはただ見ているから傍観者なのだ。見る事を止めたものは傍観者では無くなり、結束力が緩んだ者はイレギュラーと認定されて処される。

 これが人間社会というものだ。

 女王はこの世の終わりを見たかのような表情で振り返る。俺は彼女のその表情を見て、何故かとても気持ちが良かった。気持ちが晴れると同時に、自分の脳内のどこかで警鐘が鳴っていた。これに依存してはいけないと。

 今思えばあれが正義感の本質なのかもしれない。


「あ、あたしは……ただ……」

「居心地が良かったんだろ? みんなと同じ顔色なのが。気持ち良かったんだろ? 大勢の人に認められるのが。自分自身に付与される評価の数が。そんな自身がさ。その安心を求めすぎた結果がこれだ」


 お前はもう終わりだよ、女王。いや―――、


「亀水 咫夜」



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