第6話

「それだけですか? 他には?」


 そんなフリードリヒの態度には目もくれず、アンジュは淡々と問いを重ねた。


「えっ!? あ、あぁ、他になんか言われたかな?...」


 フリードリヒは首を捻って思い出そうとするが、上手く行かないらしい。


「そうですか...」


 するとアンジュは明らかに落胆したような表情を浮かべてそう呟いた。


「まぁ、もうどうでもいいですね...とにかく退職金はしっかり払って貰いますよ? 王族たる者、まさか約束を反古にしたりなんかしませんよね?」


「ま、待て! ま、待ってくれ! ちゃ、ちゃんと払う! ちゃんと払うが一度にこれだけの大金はいくらなんでも無理だ! せ、せめて分割にして貰えないだろうか?」


 フリードリヒは縋り付くようにしてそう懇願した。


「えぇ、構いませんよ。それじゃ分割して月毎に払って下さいな」


「月毎か...そこをなんとか年毎って訳には...」


 フリードリヒは尚も譲歩を引き出そうとするが、


「いきません。そんなに時間が掛かるのは却下です」


 アンジュに鰾膠も無く断られた。


「だよな...フゥ...分かったよ...なんとかしよう...」


 さすがにこれ以上は無理だと悟ったのか、フリードリヒは大きなため息を一つ吐いてそう言った。


「期待してますよ。金の送り先は後で連絡しますから」


「あぁ、分かった...」


「それでは王太子殿下、ご機嫌よう。シン、行こうか」


 アンジュはシンを従えて颯爽とその場を後にした。一人残されたフリードリヒは、なんとも言えない後味の悪さを感じて佇んでいた。



◇◇◇



 アンジュが去ってから一週間後。


「王太子殿下! 大変です! 結界の一部が崩れてそこから魔物が侵入して来てしまっているとのことです!」


 近衛兵が慌ただしくやって来てフリードリヒにそう告げた。


「な、なんだとぉ!?」


 一部とはいえ結界が崩れるなどあってはならないことだ。国の存亡に関わる。アンジュが聖女だった時は当然ながらこんなことは一度もなかった。


「騎士団を向かわせろ! なんとかして魔物の侵入を防ぐんだ! それで足りなきゃ傭兵ギルドに連絡して傭兵共を雇え!」


「わ、分かりました! 王太子殿下!? どちらに!?」


「俺は神殿に向かう!」


 言うが早いかフリードリヒは神殿へと駆け出していた。


「おい、神官長! 結界が一部崩れたぞ! 一体どうなっているんだ!」


 神殿に着くや否やフリードリヒは神官長を怒鳴り付けた。


「王太子殿下、ご自分の目でお確かめになったら如何です?」


 だが神官長は恐れ入る様子も無く粛々と指差した。


「な、なんだこれは!?」


 そこにはフリードリヒがアンジュの代わりに選んだ5人の女達が泡を吹いてぶっ倒れていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る